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国栖

吉野の国栖に生まれ、伝統を受け継ぐ心意気

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「さあ、今年もやるぞ!」

春もまだ浅い2月初旬の朝、吉野町南国栖みなみくずの辻内大祐さん(73歳)は自分自身に言い聞かせます。

この日は、天武天皇をお祀りする自宅の近くの浄見原神社での神事の日。
辻内さんは、奈良県指定無形民俗文化財である「国栖奏くずそう」の舞を演じる重要な役割を担っています。

天武天皇から授かったとされる桐竹鳳凰紋(ほうおうが染め抜かれたデザイン)の伝統衣装に身を包むと、気を引き締めて神社に向かいます。


途中、吉野川沿いの急な石段が待ち受けているのですが、この辺りは子供の頃から慣れ親しんだ言わば自分の庭のようなもの。だから薄氷の張る坂道もなんてことはありません。国栖奏保存会の人々も、段々と境内近くにある国栖奏伝習所に集まって、辻内さんと同じ伝統衣装に身を包んで伝統の舞台へと進んで行くのでした。

 

吉野に生まれて

辻内さんは吉野生まれの吉野育ち。長男が家を継ぐことが当たり前の時代でしたので、23歳で結婚した後も、この山あいの里にある実家で暮らすことは自然な流れでした。

実家は割り箸を製造していました。日本三大美林の一つとされる吉野杉で造る高級割り箸は奈良県の特産品。しかし、辻内さんは家業を継がずに、定年まで国家公務員を勤め上げ、子供たちも独立した今は、夫婦二人で慎ましく暮らしています。

辻内さんは、定年退職後に、まだまだ働きたいという思いから町のシルバー人材センターに登録しました。そこで任せられた仕事は神社仏閣での御朱印帳の墨書きです。鮮やかな筆さばきに思わず笑顔になる参拝者も多く、そんな参拝者の嬉しそうな笑顔を見るのが辻内さんの健康の秘訣です。辻内さんの秘訣は他にもあります。

南国栖地区の新鮮な空気、日々の畑仕事、旬の野菜、大好きなお酒。お酒は種類・銘柄を問わず時間をかけてじっくり飲むタイプなので、奥様に気を遣って、酒の肴はご自身で用意します。そんな辻内さんには退職前から人知れず取り組んでいる地道で遠大な宿題があるのです。それは「国栖地区の歴史」に関する文献を集めて、整理して後世に伝えることです。

 

「国栖奏」を守る、そして伝える

「国栖奏」は、古墳時代の第15代応神天皇に、国栖の人々が一夜酒を捧げ歌を歌ったことが起源とされており、その400年後にも、大海人皇子(後の天武天皇)が皇位継承を巡って吉野に逃れた際に、国栖の人々が歌や舞でもてなしたと伝えられています。

天武天皇は、この吉野で挙兵し戦に勝利するのですが、これが「壬申の乱」として後世に伝えられ、否が応でも歴史ロマンを掻き立てるのです。50年以上この伝統行事に参加し、国栖奏保存会のメンバーでもある辻内さんは、国栖地区の歴史をもっと知りたいという強い思いから、図書館に通い、地域の方々に話を聞き、コツコツ資料を集め冊子にまとめました。「吉野国栖奏古風(よしのくず・いにしえぶりをそうす)」と題して、自分の宝物として仕舞っておいたのです。


この地道な活動はやがて吉野の歴史を研究する人たちやマスコミの知るところなり、テレビの「世界ふしぎ発見!」で吉野が取り上げられた際、取材を受けることになりました。その際には、国栖奏で歌われる歌詞に出てくるモミ(毛瀰)について解説するという役割を担っています。

「モミ」とは、この地で珍味とされていた赤蛙のことで、番組ではクイズとして出題され大いに盛り上がりました。しかし、辻内さんは評価を受けたことに感謝しつつも、「国栖奏」をどう伝えていくか、どうしたら未来に繋げられるのか、と国栖奏保存会のメンバーと今でも一緒に模索を続けているのです。

 

エピローグ

山々に囲まれ、ゆったりとした時間が流れる吉野。しかし辻内さんは、子供の頃と何かが違う…と感じることがあります。自然環境は少しずつ変わっているように思えてならないのです。

昔に戻ることは難しいですが、「今、きっと何かできることがあるはず」と考えていた矢先、吉野町が「日本で最も美しい村連合」という組織に加盟し、町のブランド力を高める運動を開始したのです。
この組織には64の町村と地域が加盟しており、それぞれの地域が、景観・環境・伝統文化を守り、活用することで、付加価値を高めることを目的にしています。

もちろん、辻内さんも率先して活動メンバーとして参加しました。吉野町は、歴史的、観光的な資源に恵まれている。その資源を未来に残すためにも、今、自分にできることをしたい。それを信条に、活動メンバーとともに美観促進の看板を設置したり、得意のイラストも盛り込んだ手書きの国栖地区の案内地図を作成したりと、一歩一歩活動の範囲を広げてきました。


そして今、先輩たちと一緒に目指しているのは「語り部」です。「国栖地区の歴史を伝える語り部」であることは言うまでもありません。人前で表現することが好きな辻内さん。自分の言葉で、分かりやすく、肩に力を入れず自然体で…と、構想を練る毎日。これが吉野に生まれた者の心意気であり、醍醐味なのかもしれませんね。辻内さんのご活躍、今後も楽しみにしてます!

竹田以和生

竹田以和生

定年退職後、自宅の裏の畑で野菜づくりをする傍ら、奈良県を飛び回ってエッセイを書いています。

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