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変わらぬ味の和菓子を守り伝える~御菓子司 萬松堂~(後編)

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吉野観光のお土産ならここ、金峯山寺のすぐ下にある『萬松堂』。毎日でも食べ飽きない伝統的な和菓子を求めて、観光シーズンは行列のできる盛況ぶりです。「先代の頃から変わらない」というポリシーをお聞きした前回。心まで温かくなるようなステキな甘味の数々を、さらにご紹介しましょう。
 
「御菓子司 萬松堂(前編)」はコチラ>>>

食べ歩きにも、おひとつからどうぞ
愛され続ける変わらぬ味

ショーケースに並ぶ昔ながらの和菓子

私の暮らす京都はおとなり奈良以上に観光頼みで、コロナの流行による混乱は大打撃。喫茶店やら和菓子屋やら、まさかと思うような有名どころが相次いで閉店していくのです。あれまと思う反面、地元民のあいだでは、「もとの京都に戻っただけやわ」「なるべくしてなった結果やし」と辛辣な声が聞かれるのが本当のところ。

心静かに街を歩いて古都の風情を感じる、ゆっくりと食事できるのもこの街の魅力、そう言われてきた京都だったのに、ここ数年は明らかにおかしかった。外国からの観光客でがちゃがちゃしてるわ、マナーの悪さも目立つわで落ち着かない、京都らしさを感じられないと国内からの訪問客は顔をしかめたのでした。

「あそこの京菓子が本当に好きだったのに……」と地方からの旅行者が話してくれたのは、ある有名和菓子店のこと(清水寺参道にあった支店がこのたび閉店)。お土産用にはいつもたくさん買って帰る、でも今日は清水さんまで歩きながらちょっとひと口食べたくなって「バラ売りを」とお願いしたら、明らかに迷惑そうに後回しにされた……なぜって、店内には“爆買い”する外国人客が大勢いましたからねって。

お菓子の味を知って来てくれたリピーターより、優遇するのは大量に買いこんでいく一見いちげんさん。京都はいつからこれほど誇りのない街になり下がってしもたんやろう。顧客のあしらいに失望したと思ったら案の定閉店か、時代に淘汰されたんやわな……と、そんなことを実感した後だったから余計に胸に響いたわけです、「一個からでも買うていただけます」「お店に足を運んでくれはることが、ほんまにありがとうて」という橋本さんの言葉が――。

ご主人の橋本英之さんは、地下の作業場でひとり黙々と仕込みをするよりも、できるだけ店頭に出て作業しながらでもお客さんと顔を合わせたいといいます。手が空いたときは自ら接客もする。「すんません、日持ちはしませんけど」と伝えて、自分の手でお菓子をお渡しできるのは喜びなのだと。受け取ったお客さんはきっと、ほんわかと温かい記憶とともにお土産の木箱を開けることでしょう。吉野杉の木の香りが引き立てるよもぎの芳しさに作り手の人となりを思い返しながら、ひとつ、ふたつとほおばる手作りの甘いお菓子。吉野の人はおだやかだったなあ、いい時間だったわと、そういうのが旅の余韻を忘れられない思い出に変えるのではないかと思うのです。

「うちは突飛なもんは置いてません、誰もが知ってる昔ながらの和菓子、ごくごく普通のんばかりです」という橋本さん。時代の混乱に左右されない、流行りもすたりもしない萬松堂のお菓子。昭和天皇にも献上した看板商品『草餅』のほかにも、先代が作り上げ、自分に託してくれたという伝統の味をひとつずつ、橋本さんの言葉でご説明いただきましょう。

吉野詣の感動をおすそわけ
お取り寄せでも人気の『さくら羊羹』

まずは、『花見団子』。桜色、白酒の色、よもぎ色の三玉のお団子がちょこんと串に刺さって、見た目の愛らしさにも魅了されますが、「生地の味がすべての、ものすごいシンプルなお菓子でっしゃろ。歯切れがいい、なのに伸びてもいないという、ちょうどいい塩梅に仕上げています」。たしかにこれは、たまらない口当たり。もちっと張りがあるのに赤ちゃんのほっぺたのようなほわほわの噛みごたえで、誰もがきっと好きになる、一本二本と止まらなくなる美味しさです。

次に、『さくら餅』。「なんせ吉野らしいお菓子ですから原材料にはこだわってます、特上の道明寺粉で。桜の葉は香りのよさが立つようにほんのりと塩味がして、あっさり仕上げた餡を引き立てていると思います」

さくら羊羹

続いて『さくら羊羹』も、先代の洋右さんが「どうしても作りたかった」という看板商品。「桜の季節以外にも、吉野を訪れた思い出を持ち帰ってほしい」との願いがこめられていて、一年中買うことができます。「食べよかという瞬間、きれいやなあて言うてもらえるように作っています。寒天の中で桜のつぼみが開いているように見える、これがこだわりでして技術が要るんですわ」。上のピンク色の層は吉野葛と寒天の錦玉きんぎょくで、塩漬けにした桜が咲いているかのような優雅な姿で流しこまれている。下の層は抹茶を練りこみ、緑豊かな吉野山の自然美を表現。ちなみに、さくら羊羹の花びら、さくら餅の葉ともに、残念ながら吉野産のものではないのだそう。なぜなら吉野の桜はご神木、1300年ものあいだ手厚く保護されてきたため、お菓子を飾るために摘むことはできないのです。

栗羊羹

そして、『栗羊羹』。「女性はさくら羊羹を喜んでくれはりますけど、栗のほうは男性に好まれることが多いんです。あっさりした甘さがええみたいですわ」。漆黒の夜空に星のかけらが輝くかのように美しくあしらわれた栗は、甘すぎずほっくりとして歯ごたえの残る絶妙な蒸し上がり。「ええ甘さでしょ。味見やいうて栗をつまみ食いするんが好きですねん」と笑う橋本さん。もうひとつ、とても照れくさそうに顔をほころばせて、こんな打ち明け話をしてくれました。

「うちの母親がね、今も元気にしてますねんけどね、この栗羊羹だけは、『あんた、お父さんのときより今のほうが美味しいんとちゃうか』いうて言うてくれますねん……ええんやろか思てまうんやけどねえ」――。

吉野から戻る私をお利口に待っていてくれた息子のために花見団子を、留守番をお願いした家族には栗羊羹、さくら羊羹、自分には草餅をお土産に持ち帰る。息子は賞味期限の“本日中”にちゃんと、ぺろりとたいらげた(「んま~」ってご満悦の顔で)。家族は日持ちのする羊羹をそれぞれの職場に持って行ったのですが(約一ヵ月冷蔵保存OK、お取り寄せも可能)、「きれいなお菓子やった、ほっこりできたわあ」「美味しかったあ、さすが吉野やねて言うてたんよ」とこちらもとても好評なのでした(京都人も吉野には一目置くのだわ)。

吉野山の『御菓子司 萬松堂』の橋本英之さんが、先代の洋右さんの魂に見守られながら作る伝統の和菓子。それは古くて、時代遅れで平凡で。この誇り高きオールドファッションなお団子が、吉野杉の木箱に行儀よくならんでいる様子は、なんだかとても愛おしい。どこかあの手のぬくもりが残っているかのようで、そこが和菓子の魅力なんだよなあと思う。

十年、二十年とつづけてきた手仕事。これから先何十年も、橋本さんは同じ作業をつないでいかれるのでしょう。ひと粒のお団子に職人の誇りをこめて。なじみのお客さんの「変わらん味やなあ」というつぶやきが聞こえたら、橋本さんは人知れずガッツポーズ、かもしれません。

山本 亜希

山本 亜希

1975年、京都市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、海外旅行やグルメ取材、インタビュー記事を中心に東京での執筆活動をへて、2011年から京都市在住。ソウルシンガー、英語講師としても活動。

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