奈良の寺院が私たちを魅了するのは“ほんまもん”の木が生き続けているから
「吉野」の人々にとって、目の前に広がる山や木々はシンボリックな存在。まるでこの地の誇りのように感じられます。
吉野山の寺院に立ち寄った時に、私はそのことを痛感しました。吉野山は、山岳信仰の聖地であり、混乱の時代であった南北朝の舞台でもあります。途方もなく長く濃い、いにしえの歴史を思うと、この地で脈々と受け継がれてきた “本物の「木」の底力” を見せつけられる思いがしたのです。
京都で生まれ育った私にとって、神社仏閣は日常に存在していました。例えば、毎日の散歩コースであったり、学生時代の遊び場であったり。そんな私が、吉野山で思い知ったのは、奈良の寺院の圧倒的な凄みです。
最古の朝廷が置かれた奈良の中でも、一際 存在感を放つ吉野山の金峯山寺蔵王堂。京都とは古さの単位が違うからと言われればそのとおり、スケールが違うほどのすさまじい威厳に、吸いこまれるかのように無心で見入ってしまったのでした。
桧皮葺きの大屋根の、なんと重厚なことか。これほどまでに入念に、緻密に積み重ねられた厚みは見たことがありません。ダイナミックに反り返った軒の出と、軒下の詰組の細工がまたみごとです。一体、どれだけの人の労力が費やされてきたのだろうと、気が遠くなるほどの細やかな建築は、決して自らの栄華を外へとアピールするような、遊びのある装飾ではありません。内なるものに対して、神への祈りを紡いでいくような、切実な誠実さがこもっているようで、心にビシビシと訴えかけるものがあったのです。
そして圧巻なのは、巨大な柱の数々です。太くて立派な自然木が68本、この木造の大建築を全力でお守りせんとばかりに林立する姿は、それはもう単なる木の柱というだけでなく、意思すら漂うようで、たくましくて物凄くかっこいい。
「木は、切ってから、時間が経つ程どんどん強くなる。ほんまもんの木は800年経ったぐらいが、強度が一番強くなるって言われてるんや」――。
800年!?
切られた後に、強くなっていく!?
驚いて、聞き返してしまいました。木が生きものであるならば、伐採すればその時点で命を断たれるものかと思っていたからです。元々は白肌の自然木であったはずが、今では黒々と照り光る柱に見入っている時に、私が吉野に来て衝撃を受けた言葉が、鮮やかに蘇ってくるのでした。
住む人の暮らしに寄り添う自然乾燥の吉野木材の家
「木は生きてるんや。木材になってからも、生き続ける。だから、木の暮らしはええよ。住んでいる人の生活に、木が一緒に成長してぴったり合ってくる、そういう感じやな」
教えてくださったのは、吉野町で製材所を営む寺本武さん。
日本で育った木材は、この国の風土や気候に合っており、適切な建築材で建てられた木の家は「天然のエアコンを備えている」のだそうです。湿度が高い季節は木がそれを吸収し、乾燥する季節には水分を放出することで、屋内の快適さを調整するというのです。
「木」に偽物があるといえば語弊があるかもしれません。しかし、“ほんまもんの木” の価値の重みは、寺本さんの丁寧な仕事ぶりを伺えば伺うほどに、その意味が分かってきます。
例えば、つい20年前までは、吉野ではごく当たり前に行われていた木材の自然乾燥。今でもその乾燥方法を続けている製材所は、現在ではたった一割程度だといいます。
なぜ、自然乾燥を行う製材所がそんなに減ってしまったのか?
その理由については、「一軒の家が完成する過程を見れば分かる」と寺本さんは言います。
昔の家は、1年も2年もかけて完成させていました。なぜなら、家屋にふさわしい木材を手で刻み、その土地ごとの気候条件に耐えられる構法で組み上げて、乾燥させて、十分に納得のいく期間を費やす必要性があったから。ところが、現代の家は40日も期間があれば完成しまいます。早く形になることが求められる時代となり、家を建てる際に、何倍もの時間とコストのかかる自然乾燥の天然材は敬遠される傾向が強くなっているのです。
実際に、吉野ひのきの場合であれば、寺本木材では約1年をかけて自然に乾燥させていきます。屋外で半年、あともう半年を屋内で、自然な風や日光に晒しながら必要な時間を費やすという、昔ながらのやり方です。しかし、人工的に短時間で乾かす強制乾燥であればわずか一週間足らずで出来上がってしまう。しかも、強制乾燥の方が、木の表面に割れが少なく一見美しく見える。
けれど実際には、不自然な力を加えることでストレスがかかり、木の性質まで変えてしまっているとのこと。「木」が持っていた本来の天然の香りやツヤ、油分が失われているのです(見た目はよくても、実は中で割れが生じ、ひのき特有の大切な成分がスカスカだなんて……)。
木の耐久性が劣ると家の寿命にも関わりますが、近年の日本家屋は30年持てばいいというのが一般的になってきました。スピードや利便性が重視され、入れ替わりの激しい時代の流れに、本質的なものが失われていく虚しさがあります。自然を相手にするからこそ経験を深め、技術を磨いてきた寺本さんの、伝統的な工程に変わらず忠実な職人魂を思うと、胸がとても痛みます。
500年超の歴史が物語る吉野の木の圧倒的なクオリティ
そもそも、吉野の山は誇り高き山なのです。
この地での林業のはじまりは室町時代。今から500年以上もさかのぼり、大阪城や伏見城の建築にも使われているのは「吉野の木材」でした。その時々の権力者が、吉野材の素晴らしさにこだわり、労力を掛けてでもこの地の木材を用いる高いニーズがあったのです。
寺本木材では、樹齢100年を超える吉野ひのきや吉野杉をはじめ、吉野桜、とち、銀杏、けやきなど、遠い祖先の時代から、代々 丹念に育てられた木材たちが、丁寧な自然乾燥を経て、来たるべき出荷のときを待っています。
屋内の乾燥倉庫をのぞいていると、樹齢300年の大木とご対面しました。
半割りの幅の長さが120センチを超えるこの巨大な杉の木は、うねるような独特の形がなんともユニークで、デスクを作ればおもしろいのではないかと、寺本さんもお気に入りです。
いやいや、私はバーカウンターがいい、どこかの施設のベンチになったら、みんなくつろいで長居してしまうなあ、いっそのことベッドにしたらサイコーだなぁ、なんて口々に勝手なことを言って盛り上がります。
「すばらしい吉野の木材で、千年先まで受け継がれる家を」とは言わないまでも、木を知り、ぬくもりに触れ、本物を感じるうちに、思いのこもった木の家具を暮らしに取り入れてみたいなと思いました。それなら本当にかなえられそうで、またもワクワクしてしまいます。
自然乾燥の貴重な吉野ひのきを使った、心躍るような折りたたみテーブルを寺本さんからご提案頂きました。後編では、そんな便利で素敵な商品をご紹介したいと思います。
⇒ 【後編につづく】
吉野木材と職人技が織りなす『神然流 ひのきの折り畳み机』~後編~
簡単に折り畳めて、キャンプ場や庭などの屋外に持ち運べる便利な机の完成秘話!
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