よしのーと!

修験道

悠久の時が流れる櫻本坊での瞑想体験~後編~

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心静かに勤行を拝聴し、自分の意識と対話する時間を持った『櫻本坊』での瞑想時間。吉野山でも屈指の歴史を有するこの寺院をお守りする若き後継者、巽安寿あんじゅさんに、吉野の桜のこと、ご自身の半生、家族への思いなど、さらにお話をうかがってきました――。

春になると、恋しい思いにつき動かされるかのように、吉野山は花見の人出でいっぱいになる。400年前にこの地で桜を愛でた太閤豊臣秀吉も、現代の私たちも魅了してやまない吉野の桜は、もとは「花見のために植えられたものではない」ことを知っておきたいと思う。

7世紀に、厳しい山ごもりの修行の果てに悟りを得るという山岳信仰をベースに『修験道しゅげんどう』を開いた役行者えんのぎょうじゃが、苦しい民を救うべくこの地の桜の木に金剛蔵王権現こんごうざおうごんげん像を刻んだことから、吉野の人たちは桜を“神木”として崇め、お守りしてきた。また、あとにつづく信者たちが一本ずつ、祈りをこめて植林してきた歴史があって、吉野の山はこれほどの桜の木であふれる場所になったのです。

全国津々浦々、桜の芽吹く場所は数あれど、なぜに吉野がこれほどの聖地であるかはきっと、日本人の中にある移りゆく季節に刹那の美しさを感じとる心とまた、目に見えぬものにひたむきな信仰心を捧げる精神とが絶妙にとけあって、私たちの琴線にふれるからではないだろうかなあ…と。

『櫻本坊』の境内にも、『夢見の桜』なる枝垂桜の木がある。これは、大海人皇子おおあまのみこ(のちの天武天皇)が、「雪深きころの吉野山に、ただ一本だけ、誇らしく満開の桜の木がある」との夢を見て、それをもとに探してみれば、夢のとおりの木が冬の吉野に桜花爛漫の姿で見つかった――このことを吉兆とした天武天皇はその木のもとに寺を建て、『櫻本坊さくらもとぼう』と命名。ここは、そのストーリーに震えるほどの歴史と精霊の宿る寺院というわけです。

現在でも、修験道のレジェンド的な道場であり、宿坊であり、また私のように勤行・瞑想体験を目的に訪れる人や、縁結びや道開き、写経・写仏、護摩祈祷、希望があれば“滝行”も受けつけているという櫻本坊。住職の巽夫妻のご長女、安寿さんは、本業の翻訳・通訳の仕事のかたわら神職の資格を取得し、ここでの勤めに励んでおられる。神仏にお仕えする道とは、このように立派なお寺に生まれた方の宿命なのかと思いきや、意外にもご両親からは「後を継ぐよう、言われたことは一度もないんですよね」。

巽安寿さん

「15歳のとき、単身イギリスに渡ったんです。理由は…『右向け右』といわれたら、何の疑問も持たず動かされるような、そういう日本の学校教育に違和感があって、飛びだしました。両親は反対しなかったんです。中途半端な気持ちで投げだしてはいけないとだけ言われましたけれど、私の決意を全力で応援してくれて。両親との信頼関係にはすごく感謝しています。」

気品があって、可憐なお嬢さんの名残が見える安寿さんが、15歳から10年ものあいだ親元を離れてひとりヨーロッパ暮らしをしていたなんて、本当に驚かされる思いがするけれど、人をジャッジしない、コントロールしようとしない、相手を尊重してありのままを受け入れるという精神は、私が先の瞑想体験でありありと体感したように、巽さんご一家の中には不動の柱となって自然に息づいているのでしょう。「いつも自分で感じ、考えることの大切さを教えてくれた」という住職ご夫妻のふところの大きさに、私まで感服です。もちろん、若かりし日の安寿さんの勇気にも。

「イギリスでも教会には何度も行ったんです、祈りのある場所が大好きで」という安寿さん、イギリスの教会といえばすぐに思いだすのが、“香り”なのだそうです。ミサには香りがたきしめられ、教会での祈りにはいつも香りがあった。その心地のよさが忘れられず、櫻本坊の瞑想に新しく「香油で心身を清める」というオリジナルの作法を取り入れたのは、安寿さんのアイデアです。

「もとは神道があって、仏教、儒教が入ってきてという、日本人は昔から自分と違うものを受け入れるのが上手で、文化の柔軟さがとてもいいなと思うんです。香油は、以前から親しくしていた調香師さんと相談して一緒に作りあげたブレンドです。勤行・瞑想と香りの組みあわせは、寺院ではあまりないかもしれませんね。」

まずは手のひらでオイルを受けとめ、もみあわせ、純粋に香りをかいでみる。次に、肩から腕、胸のあたりに手を当てて、心と体で芳香を受けとめる。これをお堂に入る直前に行うのですが、不思議と気持ちがすうっと澄んでいく。また、瞑想の時間が終わっても、ウッディでほのかにスパイシーなこの香りは手のひらにほんのり残って、瞑想時間の余韻をより引き立てるように感じます。

安寿さんによれば、「瞑想とはごく日常的なこと」で、お寺でしか体験できないような特別なものではないのだそう。たとえば急ぎ足で歩いているとき、料理をしている最中でも、ふと無になっている瞬間があるでしょう、と。…たしかに。私も運転しているとき、目の前の状況にとても集中しているのに、頭のかたわらで何かを深く考えている自分に気づくことがある。そして、それは気分転換になり、頭をすっかり開け放つきっかけにもなっているような――。

大講堂。左手のふすまには、安寿さんの弟・良道さんの書

それから安寿さんには、「ここの眺めは、ちょっとすごいんです」と奥にある『大講堂』を案内していただく。なんという、大パノラマ……!吉野山の木という木が、手にとれるかのように一面に広がっている。いまのこの季節は萌える青葉が鮮やかであるけれど、春の桜、秋の紅葉、冬の雪山と、四季それぞれに雄大な自然美を見せてくれることでしょう。特に、観光シーズンの大変な賑わいに疲れたときには、拝観料を払って本堂に入り、喧騒から離れて心を落ち着けて、次にはこの大講堂で季節の眺望を味わい尽くし、心静かに自分自身と対話する――そんな時間の過ごし方は、とても有意義で価値のある体験だと思います。

もうひとつ、この大講堂で心をつかまれるのが、四枚のふすまに書かれた「世界」「平和」「生命」「同一」の文字。踊るように自由で、まるで水が流れるようで、書道家のお母さまの作品ですかと尋ねると、「これは、白血病で亡くなった弟の作品なんです。母が手本を書き、七歳だった弟が自分で書いたんですよ」――。安寿さんの弟、良道さんは、この大作をしたためた十数年後、医師になる夢を抱いたまま、病に倒れたのだという。七歳児の字ということにも仰天してしまうけれど、ほとばしる筆の躍動感、あふれんばかりの生命力、「神童ですね…」。おこがましくも私は、思わず発したその言葉の意味を考えつづけていた。本当にそうなのかもしれないと。良道さんは神に遣わされたお子であり、仏さまになるべく天に召されたのでしょうか、と。参拝する者たちの胸を震わせる、これほどの強いメッセージをここに残して。

『櫻本坊』にまつられている仏像は、信仰の心を寄せるものであり、鑑賞する美術品ではないとのことで一般撮影は禁じられているけれど、ここで目にするものはどれも記録するためにあるのではなく、見る者の“記憶”に刻まれていくものばかり。ご住職の巽良仁りょうにんさん、書道家の伯舟はくしゅうさん、そして安寿あんじゅさんと、良道さん。ここに足を運び、それぞれの方がたと言葉を交わし、思いに触れ、所作や立ち居ふるまいに感銘を受けたこと。そのどれもが、『櫻本坊』での確かな記憶であるなあと、私はいまも余韻を反すうしながらこれを綴っているところです。

山本 亜希

山本 亜希

1975年、京都市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、海外旅行やグルメ取材、インタビュー記事を中心に東京での執筆活動をへて、2011年から京都市在住。ソウルシンガー、英語講師としても活動。

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