大和のまつりは地味じゃない!
会場に入った途端に、まず鮮やかな朱色が目に飛び込んできました。私の身長ほどもある、大きなスケッチ全体に繰り広げられる動きのある祭りのワンシーンです。
とにかくわかりやすくて迫力がある絵です。これまで抱いてきた「奈良の祭りは退屈で地味」というイメージが一気にひっくり返りました。私が向かったのは「絵画で見る奈良の伝統ある祭りと行事」展。
平城宮跡にある「平城宮いざない館」で2019年12月から約3ヶ月にわたって開かれた絵画展です。
引き込まれるのは、衣装の柄の細部に至る緻密な描写です。複雑な模様、それこそ、服の凹凸に当たった光の反射の一つ一つまで正確に表現しています。こんな作品を一つ仕上げるだけでも、なんと根気のいる作業でしょうか。畳1畳より、もっと大きいキャンバスに描かれた絵画は、全部で34点。これが全部お一人の作品だというのですから驚きです。
祭りというのは年に1回、時には数年に一回しか開かれません。時には、奈良の山間地に分け入って、間近でじっくり取材しなければこれほどの絵は描けない。一体、この方は、奈良の祭りの何にそんなに取り憑かれたのだろうか。
そんな疑問をきっかけに、私はがぜん作者の川瀬さんに興味を持ち、お話をお伺いするに至ったのでした。
きっかけは老後の楽しみ
これらの絵の作者である川瀬忠さんは、とにかく笑顔のやさしい78歳。絵筆を取ったのは、美大に入った娘さんと一緒にスケッチ旅行をしたかったからだといいます。
元々機械設計の仕事をしていたため、細かい線を正確に描くのはお手のものです。日曜画家として徐々に腕を磨き、退職後60代で本格的に祭りの絵を手掛けるようになりました。
現在は、身体の自由が利かない奥さまが寂しくないように、ベッドの傍で絵筆を採るのが日課です。また、時には奥さまを車椅子に乗せて一緒に外出したり、授賞式のパーティに出席したりすることも。美大出身の川瀬さんの娘さんだけでなく、4人のお孫さんも皆絵を描くのが好きだそうです。
「奈良のまつり」に絵の対象を絞ったのは、「自分の売りとなる特徴ある作品が描きたい」という想いからでした。
元々は風景画を描いていたものの、「自分は祭り好きだから、地元の祭りをテーマにしよう」と、奈良の祭りに画題を絞ったところ、出品作品がいずれもコンクールに入選。
総理大臣賞や読売新聞賞などの大きな賞を受賞し、「奈良のまつり」の豊かさがいかに人々の心を打つのかを知り、どんどん深みにのめりこんでいきました。
世界に驚きを与える多様性
一昨年、パリで個展を開くという快挙も成し遂げました。新作や縮小版の作品も加えて、画集も出版し、通訳としてお孫さんも一緒に渡仏しました。フランスでは、初めて海外の方から直接反響を聞くことができ、これまで描いた作品の集大成となりました。
もっとも注目されたのは、その「色彩の華麗さ」と「多様性」でした。
フランスには、カーニバルはあっても、1000年を越す歴史のある祭りはほとんど残っていません。それに比べて日本の祭りの多彩さ、奥深さは、他に類を見ないものだと驚かれたというのです。
「日本各地には、5万を越す伝統的な行催事が未だに残されているなんて、実にうらやましい、と言うんですね。見たいし、参加したいがどうしたらいいのか、と訊かれて、困ってしまった。
伝統的なお祭りというのは、日にちが限られていて外国人が行ったり、参加したりは難しいですからね。
ですので、芸能の歴史が見られる「春日若宮おん祭」と、奈良県各地から祭りが集まる「平城宮跡天平祭」なら見てもらいやすいと思い、勧めました。」
海外に活躍の場を広げたことで、奈良のまつりをもっと知って欲しいという思いはさらに強まったようです。
つながっていく、伝えたい思い
何が行われているのかが一眼でわかる、情報量の多さも川瀬さんの絵の特色の1つです。時間軸を凝縮させて1枚の絵に仕上げている。
1つの祭りに最低3回(つまり3年以上)は通い、たくさんの写真を撮り集めてその中から画面を再構成していきます。また、日頃から奈良の祭りに関する本や資料を集めては読み、その背景にある歴史や人の思いを絵に盛り込んでいく。そうして初めて、生きた絵になっていくのです。
「今、特に興味を抱いているのが、吉野の奥に古い形で残されている踊りなどです。消えゆくかもしれない祭りを今、残しておかなければという思いです。」
でも、絵画ではとても伝えきれないものも現地にはあるといいます。例えば、吉野川のほとりで連綿と1300年の歴史を伝える国栖奏。
「吉野川の清流のそばで、静けさの中奏でられる雅楽の音、ことほぎの声。ゆったりとした踊りの醸し出す独特の空気感。参道では捧げ物のせりやうぐい、珍しい赤蛙も間近に見ることができる。
その全部を作品に取り込むことはできない。だから、絵画を見たことをきっかけに、ぜひ現地を訪れて、その奥深い魂に触れて欲しい。自分の絵がそのきっかけの一つになれれば、という気持ちで描いています。」
川瀬さんの無邪気な笑顔を見ていると、理想の老後を見る思いがします。日本の伝統を、残して、伝えていく誇りを感じながら、好きな絵筆を握り続け、それが家族との絆をより深いものにしている。
そんな生き方を「奈良の祭り」が支えている。奈良の祭り、侮りがたし。「ようし、川瀬さんにならって、私も奈良県中のユニークな祭りを探しまわるぞ」と固く決意してお宅を後にしたのでした。
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