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祭り・行事

写真家が語る「奈良のお祭り」の今と昔

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奈良のまつりを撮り続けて20年

私は、普段、奈良県内のお祭りを中心に取材しているのですが、ある時、舞台後方で楽しそうに写真を写す方をお見かけしました。あの方は野本暉房のもとてるふささんではないだろうか。

毎年、平城宮跡で開かれる「大立山まつり」の催しの中で野本さんの講演会でお顔を拝見したことがありました。20年前から奈良の祭りの写真を撮り続けていらっしゃる奈良県在住の写真家さんです。

実は、奈良県各地で受け継がれるまつりの習俗がこんなにユニークなものだと初めて知ったのは、野本さんがお話しされていた「まつりの神饌しんせん(お供えの食べ物)」の内容とその写真がきっかけでした。

奈良県内で行われているお祭りの神饌は、実にカラフル。お餅やご飯だけでも三角だったり、タワー状だったり、お花で飾られていたり、棒に突き刺さっていたり、人型だったり、その形や色のバリエーションに圧倒されます。地元の人が祈りを込めて、一つひとつ、丹念に作りあげられたものなのです。

まつりの神饌

講演で紹介された神饌のスライドの一部 まつりの神饌

人見御供 倭文神社

講演で紹介された神饌のスライドの一部 人見御供 倭文神社

儀礼的に生き残っているだけでなく、人々の中で精神として受け継がれるまつり。その内容もさることながら、膨大な数のお祭りにどんな奥地にでも毎年駆けつけるのは並大抵ではありません。同日に祭りが重なる時は、1日に何か所も奈良県中駆けずり回ってシャッターを押す。そのバイタリティに圧倒されました。

祭りの背景にあるものをこの人ならご存知かもしれない。そんな思いを抱えながら、野本さんとお話させて頂く機会を得ました。

 

祭りの中の子どもたち

野本さんは大阪出身で、ざっくばらんなお話しぶりのとても気さくな方です。若い頃から写真好きで、定年退職されてから本格的に大和路の写真を撮るようになったとか。数々の賞を受け、奈良のメディアや広報でもしばしばお見かけする存在です。

野本さんの写真集には、イキイキとした姿が印象的なたくさんの子どもが登場します。その写真集の中でも、『奈良大和の祭り』を見ていて、私が一番心惹かれたのが橿原市人麿神社の「地黄のススツケ行事」の2枚の写真でした。

1枚は真っ黒なススを全身につけて走る子どもたち。もう1枚は顔一面、歯にまでススをつけて微笑む男の子の顔のアップの写真。わずかに塗り残した目の縁や耳の穴に肌色がのぞきます。いたずらそうなニンマリぶり。子どもたちのこの目の輝きがあるから、祭りは受け継がれていくのだ、と思わせてくれます。

真っ黒なススをつける子ども

「子どもたちのススつけは、今はもうやっていません。」

え、ススつけはやってない?こんなに楽しげな子どもたちがいるのに??どんな奈良の歳時記にも子どもたちが主役のように書いてあるのに???

野本さんから、いきなりショッキングなお話を聞くことになりました。

 

失われゆくまつり

「ただでさえ、やっていくのが大変なのに、危ないとか、不衛生だとか、一度でもクレームがつくと、そこで行事は終わってしまう。子どもたちのススつけがやられなくなったのも3年くらいまえからかな。その他にも、小さな伝統的なお祭りはなくなりつつあるんですよ。」

奈良の多くの地域では、その年の祭りの中心となる家が、順番に頭屋とうや(当屋とも書く)となって、その自宅に神様をお迎えし、潔斎精進して祭りの当日に臨むのだといいます。そのために自宅の家具を全部移動して開放し、色々なしきたりを守って家中でお役目を果たすのは、確かに大変なことです。

「頭屋を任されることは、昔は大変名誉なことだったけれども、今は違ってきています。資金面も大変だけど、支える人が少なくなっているから。

普段は、自分の故郷から出てしまって、祭りの時だけ帰ってくるという人もいる。自宅で頭屋をするところも減って、今は集会所でやっていたりするところも多い。まつりを取り巻く環境は年々厳しくなっています。」

『奈良大和の祭り』(2009年東宝出版)

『奈良大和の祭り』(2009年東宝出版)

奈良は大阪のベッドタウン。

お嫁さんが別の土地の人から来ている人も多いので、地元の風習を維持していくのは、難しい。便利なところに土地を買って出て行ってしまう若い世代も少なくない。今は子どもや孫が戻ってきて祭りに参加しているけれど、その次の世代はもう帰ってこないかも知れない…。

祭りは故郷の思い出そのもの。日本人はそのルーツを失いつつあるのでしょうか。

 

残していくための努力

「薬師寺の花会式で供えられる造花は、今は2つの家が代々引き続いで、夏頃から作り始めるのだけれど、そのご苦労は大変なものです。これが業者委託になったのでは、形だけの儀式になってしまう。」

土地に根付いていた古い風習と結びついている奈良の社寺の祭りは、貴重な日本の宝。それなのに、大きなお寺の有名なお祭りさえ、これまでの伝統を維持できるかどうか危うい状況になっているのです。

「地元の人が継げなくなったところでは保存会が残しているところもある。五條市の“篠原踊り”なんかがそう。もう地元の人はほとんどおられず、各地から集まって踊っています。」

五條市の篠原踊り

五條市の篠原踊り

どんな有名なお祭りでも、来年からでもなくなってしまうかもしれない。にわかに危機感を覚えました。

 

関わりをもってこそ知る、祭りの文化の奥深さ

それぞれに違うまつりの形は、「わが集落ならでは」の特色を生み出そうと知恵を出し合って生まれてきたのではないでしょうか。農作業の苦しさの中にも楽しみを見出し、村を上げて喜びを分かち合った、人々のたくましさの結晶ともいえます。それがそんなに簡単になくなってしまってよい訳がありません。

「でも、吉野の奥の方に行くと、昔から変わらない形で地元の人たちのまつりが残っていたりします。例えば、川上村の“御朝拝式”は、策略にあって殺された南朝の悲運の皇子を偲んで行われる儀式。

家族といえども口をきいてはいけないと言う意味で榊の葉をくわえて行われるということでした。十津川、東吉野などにも古いお祭りがいくつもあって、話を聞くと一つひとつが興味深い。」

「伝達と記録」が自分の役割。「祭り」という舞台に結実する人の営みを、レンズを通して残し、伝えていく。地元の人たちと深く関わっていくことで、これまでの、そしてこれからの祭りのありようが見えてくる。学問的な厳密性や作品の芸術性より、「人の生き方」が関心の中心にあるのが野本さんのスタンスだと感じました。

印象的だったのが「1回目では難しいが、2回行けば親しくなれる」という言葉。人と関わり合うことで、初めて奥深い世界を知ることができることを教えていただいたような気がしました。

『神饌 供える心 奈良大和路の祭りと人』(2018年、淡交社)

『神饌 供える心 奈良大和路の祭りと人』(2018年、淡交社)

 

野本暉房さんInformation

桜の季節には、吉野金峯山寺で写真展を開かれるとのことです。吉野の桜は、高校の遠足以来。ぜひ今年こそ出かけてみたいものです。ホームページでも野本さんのこれまでのお仕事やたくさんの作品や紹介されています。

野本暉房さん

野本暉房さん

■月間大和路『ならら』連載「祭巡礼」(一社)なら文化交流機構
■ホームページ:Nomoto’s Photo Salon

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さらり

さらり

京都生まれ、あちこち育ち。転々と職と住所を変え、行き当たりばったり人生驀進中。奈良在住歴はトータル16年と最長。現在、大学非常勤講師。

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