教えてくれた人:和紙職人/植浩三さん
奈良県吉野町国栖は、和紙作りの長い歴史を持つ地域。和紙の作り方を、この地で代々和紙を作り続けている植和紙工房の6代目・植浩三さんに1年を通して教えていただきます。
シリーズ第1弾「吉野の手しごと 和紙職人の一年 〜冬のしごと〜」はこちら>>>
春のある日①
梅の花が咲き出したある日。春の気配はありますが、まだまだ寒いそんな頃。
この日行われたのは、和紙の原料となる植物・楮から剥いで天日干しした皮(黒楮)の外側の黒い部分と、内側の白い繊維の部分(白楮)に分ける作業。この作業は「サクリ」と呼ばれます。
植さんは年季の入った手作りの削ぎ台に座り、水に浸けて柔らかくなった黒楮を手に取ると、シュッシュッシュッと小気味良く小刀で黒い部分を削り取っていきます。和紙の種類によっては模様としてこの黒い皮の部分を混ぜ込むこともありますが、白い和紙を作るためには黒い皮を丁寧に取り除かなければなりません。
以前楮の幹から黒楮を剥ぎ取る作業の時に、「なるべく皮(黒楮)が裂けないように、幹からペロンとひとつながりで剥がすのが理想」と教わった理由がこの作業で明らかになります。ひとつながりに剥けた黒楮は繊維の部分がツルッと綺麗に剥がれますが、あちこちに裂けた部分があるととても時間がかかるのです。
何工程もある一つひとつの作業を、どれも丁寧にきっちりとやっていく。どこかで怠けていい加減に作業をすると、確実に次の工程で響いてきます。
その後、黒い部分が綺麗に削がれた楮を水に浸して小さなカスを振り落とし、再度カラカラになるまで乾燥させます。そうすると10年程この状態で保存することができるといいます。ちなみに、使うタイミングは干してすぐよりも2〜3年経ってからがベストだそう。
春のある日②
次の作業は「川晒し」という作業です。乾燥させた楮を一晩水に浸けて柔らかくし、流水で何度も何度も丹念に水洗いします。こうすることで、前工程ではどうしても取りきれていなかった黒い部分を洗い流します。
現在では工房で行う「川晒し」ですが、この作業は名前の通り昔は川で行われていました。植和紙工房でも1990年頃までは川で作業していたそうです。洗った後の楮は水分を吸って20kgほどの重さになりますが、これを背負って工房まで持ち帰らなければならず、「川晒しは昔はとても大変な重労働だった」と植さんは当時を振り返ります。
川晒しで綺麗に洗っても、楮にはまだ小さな皮の残りが混ざっているので一つひとつ確認していきます。その際、傷が原因で黒く変色している部分をカミソリで取り除きます。この作業のことを「ちり切り」といいます。
リズミカルに流れるように繰り返される作業。見ていると簡単にできそうな気がしてしまうのですが、とんでもない。私も体験させていただきましたが、結局最後までコツを掴みきれずに終わってしまいました。
春のある日③
次に行うのは、ちり切りが終わった楮を大釜に入れてソーダ灰の入ったアルカリ性の水で2時間ほど煮る作業。ぐつぐつ煮込んでいると、なんだか嗅いだことのある独特の匂いがしてきました。刈り取ったばかりの楮を蒸した時に感じたお芋のような匂いとはまた違うし…と考えて、ようやく思い当たりました!そう、こんにゃくのような匂いです!
こうして茹で上がった楮は繊維が解け、手で簡単にちぎれるほど柔らかくなります。
続いて、楮を再び流水に晒して不純物を取り除きます。この工程も昔は川で行なわれていましたが、今は山や川から水を引いて工房内で作業しています。ここまで既に何度も繰り返してきたこのちり取りですが、なんとこの後も紙を漉くまで続くそう。手間を惜しまず丁寧に丁寧に異物を除去することが、白く美しい和紙を作る秘訣なのです。
また、この作業では吉野の綺麗な水を使うことが大きなポイント!水が汚いと楮に汚れが染み込んでしまい、美しい和紙にはならないそうです。
何度もちり取りを繰り返して綺麗になった楮は、飛び散らないように脱水してから叩解機に投入され木の棒で叩かれます。こんなことをすると柔らかい楮は弱ってしまいそうですが、実際はその逆。この工程を経ることで、腰があるのに柔らかくて強い和紙になるのだとか。
どったんどったん どったんどったん…。
機械のスイッチを入れると、とたんに工房が賑やかになりました。しばらくすると、音は更に激しさを増してきます。これは「まんべんなく叩けたのでかき回してくださーい!」という合図。まるで餅つきの“返し”のように楮を機械の中心に寄せ、再び叩きます。
どったんどったん どったんどったん…。
叩いてはかき回すという作業を何度か繰り返し、1時間半から2時間ほど叩き続けます。
少しずつ「植物」から「和紙」に近付いてきた楮。しかし、完成まではまだ時間がかかります。「吉野の手しごと 和紙職人の一年 〜夏のしごと〜」に続く。