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歴史解説

決戦!吉野城の戦い!鎌倉・室町幕府と戦った皇子と天皇ゆかりの地 【吉野町観光大使のおすすめスポットvol.3】

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こんにちは!吉野町観光大使でお城インスタグラマーのKAORIです!

今回KAORI( @kaori_castlelove.jp )がご紹介するのは、【南朝ゆかりの地】です。南朝と言われても聞きなじみはないかもしれませんね。

南朝というのは鎌倉時代末期から室町時代前半に、天皇が京都と奈良の2ヵ所同時に御立ちになった、いわゆる南北朝時代の南の都(奈良)側の勢力を言います。

鎌倉時代末期は、鎌倉幕府と幕府を倒し朝廷中心の政治に戻そうとする後醍醐天皇の勢力との間で緊張状態が続いていました。特に後醍醐天皇の皇子である大塔宮護良親王(以降護良親王)は、この吉野山の金峯山寺をはじめとする寺院と地形をうまく利用し、吉野山をお城に改造して鎌倉幕府と戦いました。

その後、幕府を打倒し後醍醐天皇の悲願であった朝廷中心の政治が始まりましたが、それまで味方だった足利尊氏が武家を中心とする政治を行う(北朝)ために後醍醐天皇と対立し、後醍醐天皇勢力と南北に分かれて戦うことになりました。

後醍醐天皇の理想をかなえるために戦った護良親王と、京の都を追われながらも最後まで京都に返り咲くことを祈った後醍醐天皇ゆかりの地をご紹介します!

<Summary>

  1. 吉野山は吉野城?山城の名残「大橋・黒門」
  2. 護良親王の忠臣・村上義光最後の地「世界遺産・金峯山寺」
  3. 幻の皇居!後醍醐天皇行宮「吉水神社・妙法院」
  4. 最後まで願い続けた!後醍醐天皇勅願寺「如意輪寺」「後醍醐天皇塔尾陵」

+α いざ鎌倉!悲運の皇子護良親王最後の地

 

吉野山は吉野城?山城の名残「大橋」

大橋は護良親王が鎌倉幕府と戦った際に、激戦区となった場所です。
今はこのように色鮮やかな橋が架かっていますが、当時は橋の下の部分が空堀(写真左下)として活用されました。
鎌倉幕府との戦いでは、討ち死にした兵で空堀が埋まるほどだったと伝わっています。

大橋

住所:奈良県吉野郡吉野町大字吉野山
アクセス:ロープウェイ「吉野山」から徒歩駅下車 徒歩5分
     七曲り坂を登りきった攻が辻のすぐ上手

黒門は先ほどの大橋のすぐ上にあり、大橋同様激戦区でした。戦いの際は大橋から黒門までの一帯を討ち死にした兵が散在していたと伝わっています。

黒門

住所:奈良県吉野郡吉野町大字吉野山
アクセス:ロープウェイ吉野山駅下車 徒歩3分

 

護良親王の忠臣・村上義光最後の地「世界遺産・金峯山寺」

吉野城での戦いで鎌倉幕府に押され、もはやここまでと覚悟された護良親王は本陣としていた金峯山寺で最後の宴会を開きます。そこへ違う場所で戦っていた護良親王の忠臣・村上義光が現れ、死を覚悟していた護良親王を説得し、吉野城を落ち延びていただくことになりました。

しかし周りはすでに鎌倉幕府の手勢がひしめいていて、容易には落ち延びることができません。
そこで村上義光は護良親王の甲冑を着て今は失われてしまった金峯山寺の仁天門に登ると「我こそは大塔宮護良なり!この首取って手柄とせよ!」と言い放ち、自刃して敵をひきつけ、その間に護良親王は無事落ち延びることができました。

金峯山寺

住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山2500
拝観時間:年中無休 8:30~16:30(受付は16:00まで)
拝観料:500円(特別御開帳の期間は1,000円)
駐車場:専用駐車場なし
アクセス:ロープウェイ吉野山駅下車 徒歩約10分
ホームページ:http://www.kinpusen.or.jp/

護良親王を守った村上義光は仁天門上で自害した後、敵方にその首が親王のものでないと気疲れ、打ち捨てられました。捨てられた場所は吉野神宮の南約1kmと伝わっており、その場所に里人が葬ったのがこのお墓です。

村上義光の墓

住所:奈良県吉野郡吉野町大字吉野山
アクセス:吉野神宮駅下車 徒歩35分
     ロープウェイ吉野山駅下車 徒歩10分
     吉野神宮から 徒歩15分

 

幻の皇居!後醍醐天皇行宮「吉水神社・妙法院」


吉水神社は後醍醐天皇が京都を離れ吉野山に入った際の最初の拠点です。

吉水神社には南朝の古文書や武具など、100点を超える宝物が残っているほか、後醍醐天皇玉座の間も見ることができます。

吉水神社

住所:吉野郡吉野町吉野山579
拝観時間:年中無休 9:00~17:00
書院拝観料:
 大人・大学生 400円
 高校生・中学生 300円
 小学生 200円
 団体割引あり(20名以上で1割引き)
アクセス:ロープウェイ吉野山駅下車 徒歩約15分

妙法院は後醍醐天皇が吉水神社の次に皇居とされた場所です。
後醍醐天皇は悲運の生涯をここで閉じられましたが、その後、南朝3代の歴史がこの地で受け継がれていきました。

妙法院(吉野朝宮跡)

住所:吉野郡 吉野町吉野山(金峯山寺)
拝観時間:年中無休
アクセス:ロープウェイ吉野山駅下車 徒歩15分

 

最後まで願い続けた!後醍醐天皇勅願寺「如意輪寺」「後醍醐天皇塔尾陵」


後醍醐天皇は京都から吉野に来てからも京都への政権復帰を目指し、毎日欠かさず参拝していました。

その毎日通って参拝するお寺として後醍醐天皇が定められたのが如意輪寺です。この写真にあるお堂は当時の建物ではありませんが、場所は後醍醐天皇がお参りをされていた当時と同じ場所にあります。

また楠木正成の嫡男である楠木正行が、足利軍との最後の戦(四条畷の戦)に望む際に、如意輪寺の扉に弓矢の先端で辞世の詩(「もう帰ることはない」と悟った上での和歌)を彫った場所でもあります。

吉野で崩御された後醍醐天皇は如意輪寺の一角にある「後醍醐天皇塔尾陵」でお眠りになっています。この御陵は天皇の悲願を伝え、北の京都の方を正面として築かれています。

如意輪寺

住所:吉野郡吉野町吉野山1024
拝観時間:9:00~16:00
拝観料:
 個人
  大人・大学生 500円
  高校生・中学生 200円
  小学生 100円
 団体(20名以上)
  大人・大学生 450円
  高校生・中学生 180円
  小学生 90円
 団体(50名以上)
  大人・大学生 400円
  高校生・中学生 160円
  小学生 80円
 団体(100名以上)
  大人・大学生 350円
  高校生・中学生 140円
  小学生 70円
駐車場:駐車場有り(春の繁忙期のみ有料 バス 3,000円、乗用車 1,000円)
    他交通環境対策 協力金別途必要
アクセス:ロープウェイ山上駅下車
     吉野大峯ケーブルバス「如意輪寺前」下車 徒歩約15分

 

いざ鎌倉!悲運の皇子護良親王最後の地

後醍醐天皇の皇子として鎌倉幕府、室町幕府と戦い続けた護良親王ですが、最後には足利方にとらえられ暗殺されてしまいます。
鎌倉にある「鎌倉宮」はそんな護良親王をお祀りする神社として明治二年に明治天皇の勅命で創建されました。

吉水神社

住所:吉野郡吉野町吉野山579
拝観時間:年中無休 9:00~17:00
書院拝観料:
 大人・大学生 400円
 高校生・中学生 300円
 小学生 200円
 団体割引あり(20名以上で1割引き)
アクセス:ロープウェイ吉野山駅下車 徒歩約15分

境内には「村上社」と呼ばれる村上義光を祀る神社もあり、今も護良親王を村上義光が御守りしています。

鎌倉宮

住所:神奈川県 鎌倉市 二階堂 154
拝観時間:9:00~16:00
駐車場:乗用車20台程度
アクセス:JR 鎌倉駅 東口から京急バス 10分
     4番乗り場 【鎌20】大塔宮行き 大塔宮下車
御朱印:あり

護良親王のお墓は鎌倉宮から徒歩10分程度のところにあるお墓。
現在山の上にあるお墓は台風の影響で登ることができませんが、石碑は山の下にあるのでどなたでも見ることができます。

護良親王墓

住所:神奈川県鎌倉市二階堂748

 
お城インスタグラマーKAORIのYouTubeチャンネル
「南朝ゆかりの地」動画公開中
https://youtu.be/njyvZzkqHVQ

text/photo/model:お城インスタグラマーKAORI
Instagram ID:@kaori_castlelove.jp

 
#おでかけ #南北朝時代 #御朱印 #歴史 #奈良

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