「空き家に灯りをともしたい。どうにかして甦らせたい。」
全ては、南さんのその情熱からはじまりました。
吉野川沿いの旧街道に沿って、古い町屋が軒を連ねる奈良県吉野町上市の町。ここに「三奇楼」と呼ばれる建物があります。アーチを描いた西洋風の鉄の門と小さなツバメがデザインされたロゴマーク入りの木の看板。門を入ってすぐの蔵からは楽しそうな笑い声が聞こえてきます。
「何をしているんだろう?」と思わずそっと中を覗いてみたくなるこの場所は、ゲストハウス、移住体験スペース、カフェ・バー、レンタルスペースと様々な顔をもっています。
実はこの場所は数年前まで、住む人のいない空き家でした。この古民家が生まれ変わったきっかけは、建物の屋根が落ちたこと。その修理を請け負った地元工務店主・南 達人さんと三奇楼との出会いが、この場所の新しい歴史のはじまりでした。
三奇楼復活のため、同志と立ち上がった南さん
三奇楼は、かつては料理旅館として使われていた建物でした。「伊勢街道(旧街道の正式名称)」の通り沿いにあり、宿場町として栄えた大和上市は、吉野川を使って木材を輸送する中継地でもありました。現存している宿の台帳からは、旅人や木材を運ぶ筏師たちで賑わっていた頃の三奇楼の姿を伺い知ることができます。
しかし時代と共に人の流れは変わり、旅館は廃業。その後は住宅として使われたものの、そのうち住む人もいなくなり空き家の状態が続いていたのです。南さんのもとに修繕の依頼が来たのは、そんな頃でした。
南工務店の2代目として大和上市の町で生まれ育った南さんは、若い頃「上市まちづくりの会」のメンバーとして、町おこしに携わった経験がありました。過疎化が進む吉野町を盛り上げるために、上市の町並みを活かしてボンネットバスを走らせたり、シネマ百貨展をしたり…。「レトロタウン上市」と名付けられたその活動は話題を呼び、何千人もの人々を呼ぶことが出来ました。
しかし多くの人が訪れても賑わうのはイベントの期間だけ。変わらない町の現状に経済的な問題も重なり、3年後、活動は休止してしまいます。「灯篭流しと初市の餅つきだけは残ったんですけどね。『拠点作り』ができなかった。一日だけの、なんちゃって町おこしで終わってしまい、毎日続けることができなかったんです。」当時を振り返って、南さんはそう語ります。
そんな南さんの前に現れたのが、空き家になった三奇楼でした。
落ちた屋根、茶色の水が出る水道、使えないトイレ…。ひどい状態だけれど、凝った細工や貴重な建具は昔のままの姿で残っている。建物の中からの景色も良い。このまま傷みが進んで更地になってしまうのはもったいないな…。持ち主が建物を手放したがっているという話を聞いた時、南さんの中にある思いが湧き起こりました。
吉野町に増えていく空き家。そこに灯りをともすことで皆が集える場所になるなら、それこそが、地元で工務店を営む自分がやるべきことなんじゃないか。
三奇楼の購入を決意した南さんは、かつて活動を共にした「上市まちづくりの会」のリーダーに連絡を取り、新しい仲間を加えて三奇楼の活用法を考え始めたのです。集まったメンバーは、工務店、庭師、仕出し料理店、ITデザイナー、商工会OBに若手役場職員、地域おこし協力隊OGなどなど…。「上市まちづくりの会リターンズ」の誕生でした。偶然の出会いから、近畿大学の学生たちも深く関わってくれるようになりました。空き家だった三奇楼に、多くの人が集まり始めたのです。
母屋をゲストハウスにして、蔵はカフェやバーとして利用。離れは移住体験スペースにする。知恵を出し合い、話し合う中で、この場所の新しい形が見えてきました。移住希望者と吉野を繋ぐ場所になるのなら、と役場から補助金も下りました。みんなで掃除をして、障子を張り替え、離れには木製の屋上デッキを作り…。こうして、三奇楼はたくさんの人を繋ぎながら、再び息を吹き返したのです。
本業は工務店の南さんにとって、ゲストハウスの運営は全くのはじめて。リターンズのメンバーだった初代管理人さんと頭を突き合わせて、手探りの運営がはじまりました。
広がる利用者の輪が、新しい人と人の出会いに
「お子さんやお孫さんの里帰りの場所に使って下さい。」オープン前の内覧会で、南さんは上市地区の人々にそう説明しました。こんな風に利用してもらえれば、ということで様々なイベントも企画しました。地元のお店主催の朝市や改装した蔵で開くカフェ・バー、屋上デッキでの星空上映会…。
工夫を凝らした企画には多くの人が集まり、やがて三奇楼を使いたい、蔵を借りてやりたいことがある、そんな人が町内外を問わず増えてきました。音楽会にワークショップ。スナック、落語に展覧会。バー、紙芝居、誕生会…。こうして広がった輪は、また新しい出会いへと繋がっていきました。
「いろんなところから化学反応が起ってね。それがずっと続いているんですよ」と南さんは語ります。現在南さんはさらに仲間を増やし、上市地区に残る空き家や空きビルの活用に力を入れています。三奇楼からはじまった物語が、今、町全体に広がりを見せているのです。
取材に伺ったこの日は、三奇楼の「蔵ランチ」の日。メニューは秋の味覚たっぷりのお弁当です。蔵を借りているのは、地元が上市だという女性リーダーと友人たちの3人組。「退職後にお店をするのが夢だったんです。でも、これで充分。ほんまは赤字なんやけど」と笑いながら「近所の方が杖をつきながらでも、来てくれるのが嬉しくて。色んな人と繋がれるこの場所が楽しいです」と話してくれました。
ゲストハウスとして使われている奥の母屋は、古さと新しさがほどよく混じりあい、くつろいだ雰囲気に溢れています。水回りには、吉野の木がふんだんに使われ、見晴らしの良い縁側や屋上デッキからは吉野川が一望できます。お風呂やキッチン、ダイニングは共有スペースで、昔ながらの摺りガラスやかまどがレトロで可愛らしい印象を与えます。
三奇楼に併設されたデッキ下のスペースは、地域貢献しながら吉野に滞在したい人と、お手伝いが欲しい吉野の人を繋ぐTENJIKU吉野の拠点として使われています。シェアオフィスとしての機能もあり、三奇楼の「化学反応」はますます広がりを見せようとしています。
現在の三奇楼の管理人は、3代目となる寺島公美さん。今年で3年目になる彼女もまた、歴代の管理人さんたちと同様に、この場所でいろんな人が繋がっていくのを間近に見てきました。上市で生まれ育った彼女には、この町に知り合いが沢山いるのだとか。
「三奇楼のことが気にはなっているけれど、入ったことがない。まだまだいらっしゃるそんな方に、もっと気軽に来てもらえるよう頑張っています」と語ってくれました。
「私自身、ここを訪れる人たちと『また来るね』、『おかえり』、そう言いあえるような関係になっていきたい。三奇楼がそうやって人と人が繋がっていくような場所になればと思っています。」と話す南さん。
南さんが三奇楼にともした灯り。沢山の人の手で大きく育ったその灯りは、これからもこの場所を訪れる人の心をあたたかく照らし続けていくことでしょう。
ゲストハウス・移住体験スペース
三奇楼 SANKIROU
住所:奈良県吉野郡吉野町上市207
TEL:0746‐39‐9207(電話受付時間:10:00~17:00)
定休日:火曜日
HP:http://sankirou.com/