修験道の総本山である金峯山寺蔵王堂。吉野山の道はその蔵王堂を中心に下千本から上千本、そして奥千本を経て山上ケ岳の大峰山寺へとつながっています。
お参りする人、お花見をする人、ハイキングや登山を楽しむ人…。道行く人の目的はそれぞれですが、ゆるやかな坂道沿いには、たくさんのお寺や土産物屋、飲食店が連なり、訪れる人を迎え入れてくれます。
そんな中、いかにも修験道の本場・吉野らしさを感じさせるお店が「車田商店」。通りに面したショーケースには、大きなほら貝がズラリ。店の中には、結袈裟、引敷、錫杖、最多角念珠…と、読み方も難解な商品の数々が並んでいます。さすがはご当地ならではの品揃え。そうここは、修験の道を志す山伏が使う装束や法具を製造販売している専門店なのです。
車田商店の歴史は古く、ご先祖は少なくとも江戸時代の末からこの場所でお店をしておられたのだとか。お話を伺ったのは、7代目となる車田哲哉さん。大学を卒業後、大阪で働いていましたが、結婚を機にUターンを決意。現在は、家族でこの店を切り盛りされています。
山伏の必需品が揃う車田商店
修験の装束や法具を専門に取り扱っているお店は少なく、吉野でもその存在は貴重なため、車田商店には近畿を中心に全国から注文が入ります。なかでも“お得意さん”は、金峯山寺をはじめとする修験道の寺院の僧侶や、在家の信者の方々なのだそう。
そもそも「修験道」とは日本に昔からあった山岳信仰に、神道や仏教、道教などが融合した日本独自の宗教です。修験道の名の起こりは「深山幽谷に分け入って、苦修練行の功を積みその験徳を顕す道」の略とも言われ、山伏とは「山に伏し野に臥して修行する」という意味なのだそう。深い山で厳しい修行を積むことで、悟りの境地に近付くことを目指します。
山伏の装束や法具の一つひとつは、仏の教えを象徴し、邪気を払うという意味が込められているのと同時に、山歩きに適した実用的な一面も併せ持ったものです。
例えば、腰から下げる貝の緒と呼ばれる紐。左右2本に別れているのは「因果円満(原因と結果が備わっていること)、理智不二(理と智は表裏一体であること)などをあらわす」とされていますが、クライミングロープの役割も果たしています。
様々な色がありますが、これは好みで選ぶのでなく山伏の階級を現わしているのだとか。金峯山寺では、白、黄、茶、紫、赤の順に位が上がり、梵天と呼ばれる袈裟につける丸い飾りも、白、緑、紫、赤と位が上がるにつれて色が変わるのだそう。ですから赤梵天に赤の貝の緒をつけている山伏は、いちばん位の高い方、ということになります。
お店には、色とりどりの梵天袈裟や貝の緒がずらり。袈裟などの衣装や梵天はここで作られています。まん丸な梵天は見た目もふわふわで、思わず触ってみたくなる形をしていますが、なんと絹糸から作られているそう。地道な手作業によって作られていることがうかがえます。
これは、引敷と呼ばれる腰巻で、動物の毛皮からできています。「文殊菩薩が獅子に乗っている姿をあらわしたもの」だそうで、これを巻いておけば山中で腰を下ろす時にもお尻が濡れないという優れものです。鹿や熊などの毛皮を使うのが一般的ですが、中にはコヨーテなどの珍しいものもあり、こちらは個人の好みで自由に選ぶことができます。
法具の錫杖は、金具のシャンシャンという音が獣除けに。同じくほら貝の大きな音も山中では獣除けの役割を果たします。ちなみに、ほら貝の音には、高・中・低音があり、その組み合わせで仲間に色々な合図を送っているのだとか。哲哉さん見せていただいた本山流の譜面には「問答」「宿入り」「道中」など、状況に応じた音色の違いが図示されています。
お寺によって吹き方は微妙に異なるそうで、聞く人が聞けば、どこのお寺の音色かすぐわかるそう。教本もお寺ごとに独自のものがあるそうですが、修験道では正式な教えは文字ではなく口頭で伝えるという伝統から、実際には教本の譜面のままではなくアレンジした音色が演奏されているそうです。
ほら貝は沖縄や伊勢でも獲れますが、主な産地は東南アジア。輸入規制があり成長に時間もかかるため、大きな貝は手に入りづらいそうです。車田商店ではそんな貴重なほら貝の加工も手がけているため、口金の修理や音色の相談など細かな要望にも応えてもらえます。そんなところはさすが、製造も兼ねた専門店です。
ちなみにほら貝は基本的には法具として演奏されますが、中には楽器として楽しむために購入するお客さんもいるそうです。
こちらは、観光のお客さんにも人気の陀羅尼助。修験道の開祖である役行者によって作られたとされている胃腸薬で、オウバクを主原料とする生薬です。役行者が活躍したのは1300年前のことですから、実に長い歴史をもった薬ということになります。奈良でその名を知らない人はまずいないと思われるほど有名な丸薬で、複数のメーカーがあり、古くから山上参りにやって来た修行者の定番のお土産品でもありました。
伝統を守るため、なくてはならないお店
店内に揃えられているのは、山伏にとっては欠かせない、とても大切なものばかり。しかし、実は仕入れがどんどん難しくなっているのが現状だと哲哉さんは言います。
錫杖や笠を作る職人がいない、ほら貝が獲れない、数珠の木の値段が上がる、引敷の皮が入ってこない…。新しい職人が育たず、材料も手に入りにくくなっている現在では、品揃えを維持していくこと自体がとても難しくなっているのだそう。
「今まであったものを継続的に仕入れることに、力を注ぐ必要がある状態です」と語る哲哉さん。「変わらないもの」を守るための苦労がそこにはありました。装束や法具には値の張るものが多いですが、それぞれの法具に由縁あってのこと。だからこそ「この店、良いものがいっぱいあるなあ」と商品の良さを理解してもらえた時が、ひときわ嬉しいと哲哉さんは言います。
山伏文化を支えるために、なくてはならない車田商店。「お得意さんを大切に。いい加減なことをせずこつこつ働く。当たり前のことなんですけどね」と気負いなく語ってくれた車田さん言葉の中には、長年受け継がれたものを守っていこうとする7代目の静かな情熱が感じられました。
車田商店
住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山2424
TEL:0746-32-3041
営業時間:9:00~17:00
定休日:不定休
HP:http://www.yamabushi-kurumada.com/syugyo.php