草木染Craft 冬青を目指して吉野山上千本へ
吉野山の上千本に草木染めのお店があると聞いて、足を伸ばしたのは6月の初め。「一目千本」といわれる桜の花を目当てに多くの人が訪れる春のにぎわいも落ち着き、この時期山は訪れる人を静かに受け入れてくれます。
近鉄吉野駅から上千本へと向かう手段の1つに、吉野駅近くから出ているロープウェイがあります。その開通はなんと昭和4年(1929年)で、現存する日本最古のロープウェイとして機械遺産にも認定されています。
この時の乗客は私を含めて4人。この重さ、90歳を超えるご老体にはこたえるのでは…との心配をよそに、ロープウェイは安定した動きで山上駅を目指します。上ると同時に少しずつ視界が広がり、さっきまでいた近鉄吉野駅や山間を縫うように走っていく電車、遠くまで折り重なる山々が見えてきました。下界にいた時にはわからなかった地形がすんなりと頭の中に入ってきます。それにしても吉野の山は、緑が深い。
ロープウェイを降りた吉野山駅から目指す上千本までは上り坂。駅前からバスもありますが、道沿いにずらりと並ぶ土産物屋をのぞきながら行くのも楽しいので今回は徒歩で上千本を目指します。黒門をくぐってぶらぶらと登っていくと、ますます広がる展望に思わず深呼吸したくなります。やっぱり吉野の山は、緑が深いです。
勝手神社を過ぎてすぐにある分岐路の、坂が急な方の道を行くと、喜蔵院のそばに「草木染Craft冬青そよご」と「でんでん」とふたつの看板を持つ小さなお店が見つかりました。
蔵王堂とカエルの刺繍がほどこされた黄色い暖簾をくぐると、店内にはきちんと整理された糸の束がずらりと並んでいます。桜、タケノコ、葛、鬼グルミ…染めの材料がラベリングされて整然と並ぶ様子は、まるで自然から溶け出した色の見本帖のようです。
店内には、この糸を使って作られた刺し子のふきんも並んでいます。糸の染めも刺し子も、全て店長の幸田馨さんの手仕事です。美しく整った縫い目からは、幸田さんの丁寧な仕事ぶりが伝わってきます。
同じ木なのに違う色に染まる…草木染の魅力
「刺し子が趣味なんですよ。草木染を始めたのも刺し子がきっかけです」と話す幸田さん。元々は葛を取り扱うお店「でんでん」を営む傍ら、趣味として刺し子を楽しんでいたそうです。当時使っていたのは市販の糸でした。
「化学染料の糸もカラフルで好きなんです。でも自分で染めた糸ならもっと楽しそうだなと思って。」そうして草木染めを始めたのが3年前だったそうです。「友達の家にあったビワの葉で糸を染めると、ピンクにもサーモンピンクにも、媒染(色どめに使う液)を変えたらグレーにもなる。同じ木なのに色が違うのが楽しいんです。」
気づくと、草木染の魅力にすっかりはまってしまった幸田さん。自分用にと染め始めた糸でしたが、徐々に量が増え、葛と一緒にお店で扱うことになったそうです。そして、いつしか看板を掲げるまでになりました。
看板の下にある鉢植えは、お店の名前の由来にもなった冬青の木。冬も青い葉をつけるこの木は「葉はこんなに緑なのに、染液は真っ赤になる」のだといいます。
幸田さんが草木染をはじめた頃に染めた木のひとつが、この冬青でした。
「もう驚きの連続でね。この木で真っ赤な色を染めてみたいと思っているんですけど、うまくいかない。だからテーマなんです。冬青はすごく強くて、不思議な木。吉野に沢山あるんですよ。」やさしく冬青の葉に触れながら、幸田さんは教えてくれました。
吉野の草木と水にこだわる
冬青だけではなく、幸田さんが染めに使う植物は全て吉野のもの。こだわりの理由のひとつが「水」だといいます。「吉野で育った草木を土地のお水で染めたら、よりきれいな色になるんじゃないかな、と思っています」とのことです。
色止めにつかう媒染液にもなるべく吉野産のものを使用しており、吉野山の桜の落ち葉で作った灰や、芳雲館さんのおかみが椿を燃やしてくれたものを使っているそうです。
「東南院さんの大きな桜や蠟梅の生け花の、花が終わった後の枝をいただいたりもします。山で集めたり、お友達の庭の木をいただいたり。その時その時手に入るものからどんな色が出るのかと思いながら染めるのが楽しいんです」と話す幸田さん。染めを語る時、何度も「楽しい」という言葉が出てくるのが印象的でした。
「吉野山の桜は御神木なので、勝手には切れないんです。なので台風で倒れた時にいただいたり、寄進された山桜を植樹する時に切られる根や枝の部分を山守さんから譲っていただいたりして染めるのがほとんどなんですよ。」
植樹される木は樹齢も若いためか、とても鮮やかなピンク色に染まるのだとか。反対に老木になるほど色は薄くなっていくと、幸田さんは言います。「木によって個性があって、それぞれ全然違うんです」と、幸田さんは同じ材料から染められた糸を次々と並べてくれました。
色々な植物を試していると、予想外の色に出会うこともあるそうです。例えばタケノコ。茶色い皮を煮出した液からは、美しいブルーやグリーンが現れます。これは幸田さんも驚いたそうです。
また、葉や枝だけではなく、ヌルデの木につく五倍子という虫こぶも染めの材料になります。虫こぶが染めに使われるなんて知らなかった私。アブラムシが入った虫こぶを蒸して乾燥させたものを使う、と聞いて驚きました。古くはお歯黒の材料にも使われたという五倍子。薄い茶色の染液に浸した繊維を鉄の媒染液にくぐらせると、さっと紫に変わるそうで、幸田さんお気に入りの色だといいます。
取材に伺った際は、ちょうどTシャツを染めている時だったので、作業場を少し見せていただきました。お鍋でぐつぐつ炊かれていたのは、五倍子とヤシャブシ。
「一度だけ染液にいれて終わるのでなくて、好きな色になるまで何度も重ねて染めるんです。最初は鬼グルミで染めてみて、ヤシャブシを入れたり。もうちょっと紫っぽい色合いがほしいな、と思ったら五倍子を入れたりして何回も何回も染めます。」
温度や染液に入れる時間によっても色は次々と変化するため、全く同じ色にするのはとても難しいのだと、幸田さんは語ります。
この春、如意輪寺のモッコクと枝垂れ桜で染めてみた、という幸田さんの話を伺った私は、原木を見てみたくて帰り道、足を伸ばして如意輪寺を訪れました。本堂の横で、樹齢670年の立派なモッコクが青々とした葉を茂らせていました。なんでも楠木正行お手植えの木とされている、歴史ある木なのだそうです。
「山の木を見たら、まず何色かなって思うんです。この木は何色に染まるのかなって」
如意輪寺からの帰り道、ふと幸田さんの言葉を思い出しました。彼女の目には、この緑の中に隠された「吉野の色」がたくさん見えているのでしょう。幸田さんが次にこの自然から取り出してくれる色はどんな色なんだろう…。緑の木々を見上げながら、そんなことを考えて楽しい気持ちになりました。
草木染Craft 冬青
住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山1256
TEL:0746-32-3062
HP:https://yoshinoyama-soyogo.com/
営業時間:9時~15時(繁忙期9時~17時)
定休日:不定休