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吉野杉と桧から生まれた玩具 木工工房esora~後編~

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「日本の子どもたちが、日本の木で作られたおもちゃで遊ぶ」――そんな光景を実現するために吉野町に移り住んで丸6年、ひのきや杉という地元の木材を使って製作活動をつづけるのが、木工作家の橋元美穂さんです。

外国製の知育玩具を販売していた橋元さんが、なぜ国産の木材に惹かれ、自分で作ることを決意したのか、そのストーリーをお聞きした前編。作り手の思いがこもり、橋元さんならではの感性が光る手作りのおもちゃ『esora』の魅力をご紹介しました。

 

木に触れて、ふるさとの魅力を知る 吉野の未来を照らす木育の授業

良質の木材を使った家は極上の住みやすさを感じるのと同じく、材料にこだわって手作りする木のおもちゃも使い勝手は抜群だけれど、それなりの値段がしてしまうもの。それなのに、用途や品質を知ろうともせぬまま、「これ流行ってるらしいやん」という理由だけで高価なおもちゃが飛ぶように売れていったという前職での経験にも、「納得がいかなかった」。

「吉野の木材で私が手作りするおもちゃも、『お金持ちの子どもにしか渡らない』のであれば、それは自分が本当にやりたいこととは違うなあと感じます」

子どもたちに分け隔てなく木の温もりを届けられたらとの思いで、おもちゃ作りと同じように情熱を注いでいるのが、吉野町の小学校での『木育』の授業です。橋元さんは、木の知識をレクチャーすることも、木工の指導も任される“木のせんせい”です。

木材を渡すと何度も手ざわりを確かめたり、香りをかいでみたりする初々しい反応、ドキドキしながら挑戦する初めてのクギ打ち、先週までとまどっていた“糸のこ”を早々に使いこなせるようになる驚きの成長ぶり、廊下ですれ違いざまに「木工の授業、まだかなあ〜」とつぶやきの声を聞けること――。

小学校での木育授業は、木に触れる子どもたちの反応がダイレクトに感じられるかけがえのない体験。未来を担う子どもたちに木の魅力と可能性を伝えること、それがやがて自分たちの誇らしい故郷『木のまち・吉野』への愛着につながるのならという橋元さんの口調からも、大きなやり甲斐と充実感がうかがえます。

1年生は、木の端材を組み合わせ、ボンドで貼り付けながらオブジェに仕上げていくことからスタート。まずは、杉とひのきで木目も感触も、重さも香りも違うんだなあと感じること。「みんなの周りの山にも木があるよね。あれは勝手に育っていくんじゃないんだよ、おじいちゃんのもっと前の代から受け継いで、大切に守ってきたんだよ」と話しながら手を動かしていくと、低学年らしい宇宙のような夢の世界のような、自由で壮大な立体作品ができあがるのだそうです。

2年生は、突板つきいたという紙のように薄くスライスした木材をハサミで切りとり、貼り絵を作成。3年生になると、金づちやキリを使ってクギ打ちに挑戦しながら、オブジェやおもちゃを作ります。

4年生からはいよいよ、のこぎりが登場。必要なパーツは自分で考えながら切ったりつないだりして完成させるので、前年以上に個性の生きた躍動感ある作品がならびます。

5年生になると電動の糸のこぎりにステップアップ、より自由に板を切り抜き、ホワイトボードやコルクのシートを貼って実用性ある伝言板を作成。6年生には、ついに大きな杉の板がひとりに1枚ずつ配られます。“生活の中で使えるもの”をテーマに、本立てや木箱などの世界でひとつだけのオリジナル家具を作り上げるのです。

木材と触れあうことから始まり、学年が上がるごとに実用性を極めて、卒業前には大作を完成させるなんて……吉野の小学校は楽しいなあ、木育の時間を心待ちに他の勉強もがんばれるやんと、大人の私たちまでうらやましく、わくわくした気持ちで聞き入ってしまいます。

 

木っていいなあ、吉野ってステキ 旅行者向けの木工体験もスタート

橋元さんには子どもたちの前で授業を行うだけでなく、“木育コーディネーター”として教材になる吉野産の木材を手配、準備する仕事もあります。普段からお世話になっている大先輩たち、木材に関わる地元の“おっちゃんたち”とより強くパイプを深め、子どもたちも、自分自身も、おっちゃんたちも、別々の場所にいながらも、みんなで「吉野の未来」という同じ光を目指していくのです。

経験豊かで知識にあふれたおっちゃんたちは、「みなさん、お年がいくつなのかわからんくらい、めっちゃお元気で」と感心、見習うべき方たちばかり。そんな木材の歴史を作ってきた先人たちに敬意をこめて、橋元さんは吉野町に移住した翌年に、『吉野林業 絵ことばブック』という小さな冊子を共同作成しています。

発案者は、地域おこし協力隊で志を同じくした早稲田緑さん。東京から吉野郡の川上村に移住し、吉野林業のPR活動を積極的に行っている早稲田さんによると、林業や木材生産の現場でおっちゃんたちの交わす独特の言葉は、「外国語みたいにちんぷんかんぷん、さっぱりわからなかった」。そんな専門用語や通称をあらゆる現場から拾い集め、橋元さんがイラストを描き、とてもわかりやすく楽しいハンドブックに仕上がっています。

大学でデザインを学んだ橋元さんのもうひとつの才能が生かされたこの冊子、木の現場などまるで知らない私のような素人でも夢中になって読みこむほどで、そして考えたのでした。木を育てる人、切る人、運ぶ人、加工する人。その木で作る人、PRする人、売る人まで……吉野の木にはこんなに多くの人が関わっている、みんなの力で500年の伝統を受け継いできたのだなあと。おっちゃんたちの意味不明な言葉を時代遅れ、理解不可能と葬ってしまうのではなく、現代のテイストを加えてわかりやすく整えながら未来へとつないでいく姿勢。早稲田緑さんや橋元美穂さんのアイデアや熱い思いに、拍手を送りたい気持ちになります。

もうすぐ生まれてくるわが子のために“ファースト・トイ”を手作りしよう、ステイホームのあいだに家族と遊べるボードゲームを作ってみようと、木を素材にしたワークショップの開催など、多方面で引っぱりだこの橋元さん(オリジナルのおもちゃ『esora』の商品が量産される日は、まだまだ遠そう……)。そして今度は、吉野を訪れる旅行者のための“木工体験”が始まるのです。私も、ひと足早く体験させてもらいましたよ。

作るのは、ネームプレート。ベースの板は、香りのいいひのきもいいけれど、ほんのり赤い木肌の愛らしさに惹かれて、私は杉を選択。やすりで軽く面取りしてから金具をねじ入れ、皮ひもを通してぶら下げられるようにして、あとは自由にデコレーション。表札を作りたくて、桜の小枝を組み合わせながら苗字を作っていきます。気さくな橋元さんとあれこれおしゃべりしながら、努めて手は動かして。うんうん、楽しい。親子で参加してもいいだろうなあ。

自分で作ったものって、愛着がわくから不思議です。吉野を訪れた思い出と一緒に持ち帰って、玄関に飾る前にまた香りをくんくん。杉の香りっていいなあ、清涼感があってほっとする。みなさんもネームプレート作りに参加、橋元美穂さんのアトリエに立ち寄ったときにはぜひ、『esora』のおもちゃにも触れてみてくださいね。木肌がやさしくて愛らしくて、作り手の人となりが表れるような温かくステキなおもちゃに感動をもらえるはずですよ。

山本 亜希

山本 亜希

1975年、京都市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、海外旅行やグルメ取材、インタビュー記事を中心に東京での執筆活動をへて、2011年から京都市在住。ソウルシンガー、英語講師としても活動。

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