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森林

河瀬直美監督の作品世界「vision」~映画解説編~

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Vision(2018年)
監督・脚本/河瀬直美

 

はじめに

20年以上前に『萌の朱雀』が初公開されて以降、私は、河瀬直美監督の作品世界に惹かれ続けています。
健康でなくなった今の地球の実態を厳しくドキュメントで追うのではなく、教訓を交えた寓話により、大切なことを解きほぐすような文脈で伝えています。

長編劇映画10作目となる本作が扱うテーマは、地球における生命の進化と破壊。
母なるこの星の運命について、立ち止まって考えることを私たちに迫ります。

 

Visionとは何か

「Vision」。多くの意味を含んだ深遠な言葉です。映画の中では、薬草の名前として登場しますが、もちろん取っ掛かりにすぎません。

この言葉は、物語の進展にしたがって多様に変化します。試しに英和辞書を繰ってみると、「視覚・視力」「洞察力・想像力」「幻・空想・夢」「たいへん美しい光景」「幻想シーン」「先見の明」などの日本語訳が並んでいます。抽象的でイメージを一つに絞り込むのが難しい言葉です。

映画の冒頭、Visionという名の薬草を探し求めてフランス人の女性作家が日本の森を訪れます。作家はある喪失感に苛まれていました。

その昔、山守の男(森山未來)と結んだ絆を手離したことが原因で、思い出すたび心が過去へ引き戻されてしまいます。「愛は波のよう永遠につきまとう。止まっていながら動いてる。とても静か」(劇中詩)。

「今が本当に今なのかどうか」、作家の中で、時間が前に後ろに大きく揺れ続けます。作家は人間の苦しみを取り去るという薬草「Vision」に救いを求めてやってきたのでした。

前述のとおり、Visionには「洞察力・想像力」という意味がありました。作家と出会った山守の男(永瀬正敏)には「千年程前、胞子が放たれた日に生まれた」という盲目の友人がいます。彼女は盲目ですが、物事の本質を見抜く優れた洞察力を持ち、この星の未来を予測する力に恵まれていました。

予知力を備え、まるで森の化身のよう。「やってくる」と彼女が予告した人物こそ、そのフランス人作家だったのです。

山に暮らす人は地球の変化に敏感です。「森がおかしい。風の渡り方、木々の靡き、雨と光のバランス、どれもが少しづつ違和感がある」と盲目の友人は言いました。

千年周期で生まれ変わるVisionが再び現れる時が迫っているらしいのです。ここでいう「Vision」とは聖なるものと考えられます。

いったいVisionとは何でしょうか?
薬草の名前でもあり、「幻・空想・夢」「洞察力」「想像力」の意味もあり、また、森の化身のような盲目の女性もまるでVisionの申し子のようです。冬の朝、山守の男(永瀬正敏)は山で傷ついた青年を助けます。そして、山守として生きることについて問われます。

「この世界の一部なんだから、それで充分」。幸せとは、人それぞれ異なるものであり、相対的な尺度で測られるものではありません。仮に、幸福の感覚を「Vision」と呼んだとすれば、それは人それぞれ違った形になるはずです。

映画の中で登場する、象徴的な大樹は「モロンジョの木」と呼ばれます。かつて、この木を中心に集落が開け、人々の暮らしがありました。作品の終盤、この森が焼かれ、Visionが現れます。生まれたばかりの胞子が光の中を飛ぶ様子は神々しく、奇跡的な印象を抱きます。千年単位で生きるVisionとともに現れたのは、その昔、山守の男(森山未來)と結ばれた結果生まれた青年でした。かつて二人が手離した大切な絆です。

このシーンは、森林が危機に瀕している今、山の精霊たちが蘇って、「この星にとって大切なことは何か」を考えることを人間に迫っているかのようです。
「モロンジョの木」は長い歴史を知る〝賢者〟として登場しているのです。

風光る五月の森、豪奢な秋の森、季節を問わず吉野の森は人々の心に深い印象を残します。千年単位で生き、人間の想像力を軽々と超える木々たち。長い時間の中で、木はその時代ごとに居合わせた人々の営みを見つめてきました。

映画の中で表現されている、瑞々しく心まで洗われそうな木々の緑。風までも同じ色に染まってしまいそうです。
山はいつもにぎやかです。生きるもの、死するものの魂が寄ってくるところです。「死は長い眠りの一部」の言葉通り、繰り返し過去から生まれ来て、生きる者を訪れ、未来へ帰って行きます。

私は、大古の記憶を留め、未来を予見する大樹の声が聞きたくなりました。過去にも未来にも開かれた「モロンジョの木」を確かめに行こうと思います。

古い地図を見ていて、気づいたことがあります。焼かれたあの森にはかつて火の神様が鎮座していたようです。

そうであれば、映画の中で森を焼き尽くしていたのは神聖な火であり、自然破壊に憤慨した神の手なのでしょうか。あるいは、過度な文明が受けるべき〝業火〟なのでしょうか。

「人間の脳には古代から変わらない攻撃性が潜んでいる」といった内容の台詞がありました。この「攻撃性」が意味するもの、そして、焼き尽くされた森の中から立ち昇るキラキラした胞子状のものの正体について、じっくり考えてみたいと思います。

 

※文作成にあたっては、河瀬直美監督作品『Vision』(2018年)を参考にし、台詞の一部を引用させていただきました。

風信子(ふうしんし)

風信子(ふうしんし)

古代、中世、近世、近代と時空間をトリップできるのが奈良の魅力。とりわけ吉野は、多くの貴人たちが住まいして文雅の花を咲せたところです。ゆかしき香を聞きながら自然をめぐる旅人であり続けたいと思います。

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