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京都人からのラブレター~もっさり、どんくさい奈良へ~

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京都人が思う奈良のイメージといえば、「‟もっさり”してはる」「‟どんくさい”んちゃう?」あたりではないでしょうか。ええ、垢抜けないし、不器用だという意味です(いけず言うてしもた、かんにんえ)。

それでも、「もっさり」した垢抜けのなさは、いまや私の中では大変な誉め言葉ですし、「どんくさいやん!」とじれったさすら感じるのは、奈良のみなさんへのエールでもあります。

奈良は、すごい。京都人がたまげるほど、ものすごいものがいっぱいある。吉野を訪れた一京都人のつぶやきにすぎませんが、古都・奈良に思いを込めて、感じたままを綴りたいのです。

 

国宝クラスが「ごろごろある」
剥き出しの歴史に心が痺れる

吉野・奥千本の『金峯神社』まで足を延ばしたのは、残暑厳しい日のことでした。手前には、『修行門』と刻まれた大きな鳥居。まさにここから熊野への山岳修行路『大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)』が始まるのかと思うと、気持ちも引き締まる場所でした。

その鳥居をくぐった途端にものすごい坂道で、大真面目に歩いているのに千鳥足にならざるをえない急勾配です(修行道全体はどれほど過酷なのやら……)。汗は噴き出し、ぜえぜえ言いながら到着した社(やしろ)は意外にも簡素なものでしたけれど、そこだけに流れていた空気感が今でも忘れられないのです。

これまでいた場所は下界で、ここだけが天界なんじゃないかとはっきりと区別できるほどのそよ風が、「暑い中、よう登ってきたね」とご褒美のように肌をなでてくれたこと。なんという清冽な空気なのだろうかと身に沁みるような体験でした。

しかしながら、それよりもっと驚いたのが、その後のこと。神社前の休憩所に、何やらとても重厚なものが座していたのです……大きな瓦。大変な歴史のあることがひと目でわかる鬼瓦。台風か何かで割れ落ちてしまい運び出さんとしたけれど、重いし立派すぎるし、まあ、とりあえずここに……と放置されたままの忘れ物。

無防備すぎる。こんなところで野ざらしにすべきものではないぞと胸をざわつかせていると、先日耳にした会話を思い出すのでした。

「奈良ってさ、国宝やら重要文化財が、ごろっごろあるのよね」
「そう。あれも国宝、こっちも国宝。手の届くような場所に、ものすごい歴史のものがあるの」
「見る側を、すっかり信用してるんだよね。万が一にも、触って傷ついたらどうするんだっていう距離感にありますから」

これは、とあるラジオ番組でのやりとり。「若かりしころは京都の華やかさがわかりやすくきれいだと感じたけれど、自分も年をとったのか、このごろは奈良の飾り気のない歴史のあり方に心惹かれる」と話しておられて。

 

誰の目にもきれいだと映る京都
人生を重ねたとき腑に落ちる奈良の魅力

京女の私自身が「吉野はただならぬ地だ……」と思い知ったのは、『吉野水分(みくまり)神社』を訪れたときのことでした。

金峯山寺から歩けば1時間もの道のり、上千本まで上がってくるには体力も気力も要る。それでも境内には、たどり着いた人だけに開かれる景色があると知ったのです。その夜の日記を読み返してみると、吉野水分神社について、私はこう書いておりました。

――『埋もれてる。茶褐色の神殿、樹木が垂れかかって埋もれてる。再建されたのは1604年、豊臣秀頼によるもの。それから400年間、おそらくなされるがまま、時間だけが経過してる。朽ちたものは、朽ちたまま。過剰な手入れを受けていないから、歴史が剥き出しになってんの。時の重みに胸が詰まる。

立派な獅子頭、籠やらがポーンって置いてある。たまげた。豊臣家が置いていった神輿……だって。雨風にさらされて置かれてる。もったいない。こんな山奥で、ほかに参拝者もいないし、ものすごくもったいない。でもそこが、猛烈にいい』

拝観料、なし。神主さん、および神社の方、この日はご不在の様子だった。つまり、お膳立ては何もなく、何を感じるか、感じないかも、すべてが訪れる者にゆだねられた場所だと思ったのでした。

水分神社の古びた有様を、「老朽化している」「残念だ」と感じる人もいることでしょう。それでも私は思うのです。ここには、時を経ないと表れ出ることのない‟枯れた美しさ”がある。足を踏み入れればタイムスリップするかのような、いや時が止まっていたのか、取り残されたのか、まるで自分の視界にセピアのフィルターがかかったみたいな、圧倒的な時間軸に吸い込まれるような凄まじさがあるわけです。

そう、奈良はすごいのです。何がすごいって、これほどに胸を震わせる神社仏閣は京都にはない。もしもあったらば、やれパワースポットだと観光客でごった返していることでしょう。無料で無人なんてことはありえないし、万全の態勢で観光客を受け入れているはず。そう、京都の寺社は、自らの価値を確かに自覚していて、それ相応の評価を受ける構えができているんです。

好き勝手に例えて言うならば、京都の神社仏閣は、‟フェミニン”。貴族文化の繁栄した背景もあって色味にも華やかだし、柱の彫刻も装飾にも気品があって繊細で、贅を尽くした庭園もさすがの見応えを感じる。雅で絢爛、それがきちんと手入れされていて色香も褪せず、「老朽化」だなんて言わせる隙すらありませんね(ものすごくプライドの高い府民気質も大いにありますし)。

京都の寺社が作り込まれた美観の生け花だとしたら、奈良はきっと、野に咲く花のように計算もなく素朴で、自然に取り込まれるかのような姿で存在している感じがする。そして、そこにあり続けることの途方もないたくましさに貴さがこみ上げるのです。

 

ここは日本か、天国か
涙にじむほど圧巻の秘境、吉野にあり

私は先日、吉野を紹介する一文としてこう書いたことがありました。

『気がねなく旅行が楽しめるようになったら、ぜひ奈良・吉野へお出かけください。気の遠くなるような歴史の爪痕が、大自然の包容力になぐさめられるみたいに点在していて、混乱の時代を生きる私たちの心に響くものがあると思います』――。

人はこうまでして生きなくてはならないのかと絶望したり、くじけそうになったとき。今を生きる人びとの背中を何世紀ものあいだ見守ってきた神社仏閣の物言わぬエネルギーに、励まされることがあると思うのです。地震の多い日本で、数奇な運命をも耐え忍び、いつからか自然の一部のように、埋もれるみたいに存在する確かな歴史の爪痕に。

最後に、吉野を思えば絶対に忘れられない場所がもうひとつ。そこを訪れた日の夜、私はこう書き殴っています。

――『吉野一の絶景、やっぱり埋もれてた。迷い込むみたいなこんな場所、来る人ないよな……ほんまもんの秘境。何なんだ、この緑。絶壁越しに見下ろすエメラルドグリーンの川面。向こう岸には、果てしなく規則的にそり立っている吉野杉の森。

中国だか日本だか韓国だか、天国なのだかわからんような、幻みたいな変な気分になる。ここは、浄見原(きよみはら)神社。1500年前、大海人皇子(後の天武天皇)が隠れるべく逃げ込んだ場所。それからきっと手つかず。何もない。何も変わらない日本の原風景。

京都人がたまげる吉野のすごい場所って、いつも観光客がいない。ほかに誰も来ていない。埋もれてるの。だから心底すごいと思う』

見たこともない翡翠色の淵、気を緩めれば滑り落ちるんじゃないかという、ゴツゴツした岩の断崖絶壁。もしも天国で天武天皇とおしゃべりできたら、ああ、知ってる、あの緑色でしょって、そっくりそのまま同じ景色の話ができるんじゃないかって。まるで、千年のタイムラグなどないかのように。

見た目に和を感じてきれいだと、写真に映えるのだと話題になるような観光目的なら、それはもう「京都にお任せください」。もっと、心を奪われ涙ぐむような、体の芯に沁み入るような、価値観を揺さぶられるような私的な体験は、奈良でこそできるんじゃないかと感じます。心の充実を求めたときには、ぜひ奈良へ、吉野へ。自分の中で何かがストンと腑に落ちる、そんな瞬間があるんじゃないかと思うわけです。

もっさりしたほうの古都の先輩、どんくさい県民気質のみなさまへ。ある京都人からのラブレター、受け取ってくださるでしょうか――?

山本 亜希

山本 亜希

1975年、京都市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、海外旅行やグルメ取材、インタビュー記事を中心に東京での執筆活動をへて、2011年から京都市在住。ソウルシンガー、英語講師としても活動。

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