教えてくれた人:和紙職人/植浩三さん
和紙作りの古い歴史を持つ奈良県吉野町国栖地域。和紙は今から1400年ほど前、朝鮮の僧によって製法が日本にもたらされたとされています。和紙は聖徳太子が活躍していた頃、仏教を広めるための写経用に使われていたそうです。国栖の地でいつから紙漉きが始まったのかは定かではないのですが、平安遷都後吉野山間で和紙作りが盛んになり、吉野は和紙作りの里として広くその名が知られるようになったといわれています。
明治中頃には、国栖地区の約半数にあたる300戸で和紙作りを行っていました。しかし第2次世界大戦を機に需要が減り、現在もこの地で和紙作りをしているのはたったの5軒。しかも、そのうち半分の工房には後継者がいないという現状です。
紙は植物からできている、というのはみなさんご存じかと思います。しかし、原料がどんな植物かをはっきりと思い浮かべることができる人は少ないのではないでしょうか。普段私たちが使っているコピー用紙などの洋紙は、様々な樹木の「幹」を砕いた繊維(木材パルプ)からできています。一方、和紙は幹ではなく「皮」の部分を利用するのが特徴です。
日本の和紙は、楮、三椏、雁皮などの「皮」から作られます。吉野で作っている和紙は楮が原料。楮はクワ科の落葉低木で、栽培が容易で毎年収穫できる優れものです。
さて、この楮という植物の「皮」がどのように紙になっていくのかを、吉野で代々和紙を作り続けている植和紙工房の6代目、植浩三さんに1年を通して教えていただきます。
冬のある日 1
和紙作りの始まりは、寒ーい寒ーい年明けの楮の刈り取り作業から始まります。葉が全て落ちきった楮の枝を根元から1本1本。寒ーい寒ーい空の下での手作業。「雨の日は刈り取りはできなけど、雪の日はできます」と植さん。想像しただけで震えます。
国栖の和紙職人さんの中でも楮を自分で育てて和紙を作っている工房は、植和紙工房と福西和紙本舗さんの2軒だけになってしまったそうです。
慣れている人は鍬で、ハサミなら私のような素人でも簡単に切ることができます。ただ成木は3メートルあまりにもなるとても長い枝なので扱いが難しく、素人の私がやるととてつもなく時間がかかります。
刈り取る時のポイントは、斜めに根元からハサミを入れること。楮は1年で大きくなるのですが、刈り取ったところはもう伸びてこないので、今年出る芽の成長の邪魔にならないように根元から短く切っておきます。斜めに切るのは次の皮むきの工程をやりやすくするため。
楮はわりと育てやすい植物なのですが、鹿に食べられないようにすることが重要。はっきりは分かっていないのですが、鹿の唾液に楮にとってよくない成分があるようで、鹿たちが食べた部分は成長せずに弱ってしまうからです。なので鹿対策のための柵や網をはるという重労働は欠かせません。しかし鹿が国栖の集落に出始めたのは、ほんの15年くらい前のことだそうです。
冬のある日 2
刈り取った長い枝に生えている細かい枝を切り落とし、1.2mくらいの長さに揃えてまとめます。
冬のある日 3
さていよいよ材料になる皮をむく作業です。10年以上前から使っている大きな蒸し器にまとめた枝を詰め込みます。
この蒸し器は同じ国栖の職人さんが作ったもの。もうその職人さんは亡くなってしまい作れる人がいないので、大事に直しながら使っているそうです。職人さんの減少もしかり、その職人さんを支える道具を作っている人たちの技を繋いでいくことも、重要な課題なのだなと感じました。
蒸し時間はだいたい3時間くらい。ちょっと独特な、さつまいもを蒸したような甘い匂いが部屋中に広まっています。
オープン!
立ち込める湯気と光の様子がとても美しくて見入ってしまいます。冷めると皮が硬くなり作業がしにくくなるので、温かいうちにテキパキと幹と皮に分けます。剥ぎ取った皮のことを「黒楮」といいます。
この日は12〜13人のお手伝いの方が集まっていました。毎年参加しているベテランさんに、私のような初めての素人さん。ここ数年毎年参加しているという小学5年生の男の子も参加していました。小学生といえ侮るなかれ。本当に手際よくすいすい作業を進めています。
「皮を引っ張るんではなくて、幹を離すように」と彼にアドバイスをいただき、隣で模範してもらってやってみるのですがコツを掴むまでなかなか時間がかかりました。コツを掴んでつるっとむけると気持ちよく、瞑想状態に。浩三さんはというと、流石の速さ。あっという間に皮と幹の山が出来上がっていきます。
並べてみると、綺麗な幹の方を使うのではないかと錯覚しますが、和紙になるのはこの茶色い皮の方だけなのです。割合にすると、楮のだいたい7%くらい。
残りの93%の幹の部分は、昔は火おこしの火付け材として使っていたのですが、今は薪を使う家庭もなくなり使い道がないそうです。真っ白でとても綺麗な幹。水分が多いので、湿度の高いところに置いておくとすぐにカビが出てしまうのですが、うまく乾燥させておけば、白いまま保管できるそうです。
和紙を作る過程で絶対に出てしまうこの幹部分。どうにか良い活用法がないものか…。
<<この廃材を利用してみたいという方がいましたら、どうぞご連絡くださいませ!>>
剥いた皮は、天日干しに。お天気を見ながらカラカラになるまで数日干します。
ここまででもかなりの重労働ですが、和紙づくりはまだまだ始まったばかり!
「春のある日 1」に続きます。
植和紙工房
住所:〒639-3437 奈良県吉野郡吉野町南大野237-1
TEL・FAX:0746-36-6134
ホームページ:http://kuzunosato.jp/self/uewashi.html
和紙漉き体験
植和紙工房では和紙漉き体験ができます。10日前までにTEL・FAXでご予約ください。
植浩三さんプロフィール
昭和43年生まれ。
植和紙工房6代目。高校を卒業後、家業である和紙作りに従事。
伝統を超えて革新に至る和紙作りを目指しています。