※記事は過去に開催された時の「鬼の夜会in吉野山」の様子です。
新型コロナウイルスの感染が全国的に拡大している状況を鑑み、2022年2月5日に予定していた鬼の夜会は開催を中止することといたしました。「鬼の夜会」へのご来場を楽しみにされていた方々には大変申し訳ありませんが、ご理解をいただきますようお願い申し上げます。
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「鬼が来たぞー!」の声があがると、「うおーーー!」と雄叫びを響かせる赤鬼に、青鬼。2月の吉野山には、顔つきも装いも個性あふれる鬼たちがぞろり、ぞろりと集まってきます。なんとみな、奈良県内の寺社で豆を撒かれて追い出され、金峯山寺へと逃げこんできた鬼さんたちなのです。
「福は内、‟鬼もうち”――!」
と、珍しい掛け声を唱える吉野山・金峯山寺の節分会「鬼火の祭典」。各地から追われてきた鬼たちをも受け入れて、「良い鬼へと改心させる」という儀式です。これは、修験道の開祖である役行者が法力で鬼を呪縛し、追いやるのではなく仏法を説いて弟子にしたという伝説に基づくもの。「福は内、鬼も内!」の独特の掛け声は、吉野ではもう千年以上も続いているのですね。
奈良の有名寺社から鬼が集結!子どもたちは泣いて笑って、大騒ぎ
地元から追い出されても吉野山で受け入れてもらい、良い鬼になれたのだと歓喜する鬼たちが「鬼踊り」を見せてくれる愉快なイベントが、「鬼の夜会 in 吉野山」。奈良県内の名だたる寺社からユニークな鬼たちが一堂に会するとあって、この日を楽しみに訪れる観光客も多く、真冬の吉野山が熱く盛り上がるお祭り騒ぎの夜なのです。
今年1年の幸福と健康を願って、さあ、「鬼の夜会 in 吉野山」がスタートしますよ。日暮れの近づいた午後5時前。開会式が終わると、待ってましたとばかりに鬼たちは吉野山のメインストリートをうねり歩きます。パレードでは鬼たちを間近で見られるとあって、あちこちでシャッターが切られ、悲鳴や歓声があがります。
沿道に子どもたちを見つけると、こん棒をふり上げ、「うおーーー!」と容赦なく脅かしていく鬼たち。「ごめんなさあーい!」「ぜったい、良い子にします、しますからー!」と小さな子たちは震えあがり、涙を流して大絶叫。さすが、鬼らしく本物のド迫力です。
子どもたちはもう、法螺貝を吹き歩く山伏さんの姿を見ても恐れおののいてしまうほど。「いやいや……おっちゃんたちは何もせえへんよ」と山伏さんが慌ててなぐさめる様子など、微笑ましい光景があちこちで見られ、心の触れ合いに温かみを感じるステキな時間が続きます。
散り散りに歩いていた鬼たちも、日暮れと共に金峯山寺の本堂前に集結。いよいよ、各寺社に伝わる踊りや節分会の儀式など、それぞれの所作を披露してくれますよ。
風を切り、大地を踏みしめる金峯山寺の鬼踊り
トップバッターは、われらが吉野山の金峯山寺。たぷたぷした大きなお腹の鬼たちが、軽快に飛び回る鬼踊りです。BGMには、山伏による勇ましい太鼓と法螺貝。法螺の音色は「鬼たちが風を切って走る音」、太鼓のドンドンという振動は「鬼が大地を踏みしめる音」を表しているのだそう。節分会で生まれ変わった鬼たちは、今度はみんなを守るために力を使うことを約束するというので、惜しみなく拍手を送りましょう。
大和神社からご来訪、癒し系のおじいさん鬼
続いて、おじいさんとおぼしき鬼さんが2匹、ゆるゆると登場しました。「わいら、竜王山に住んどるんやけどな、今日は近鉄電車に乗ってはるばる吉野まで来たんやでー」というのは、天理市にある「大和神社」の鬼さんたち。頬骨が盛り上がり、どこか笑い顔のような憎めない仮面の鬼たちで、コント仕立てのゆるい寸劇に、子どもたちから「鬼さん、がんばれー」とかわいらしい声援があがります。
日本最古の神社といわれる大和神社の節分会「鬼やらい式」でも鬼を退治したという天狗、猿田彦大神も降臨。おじいさん鬼たちをいとも簡単に成敗すると、「鬼やらい一座」の吉野山公演はこれにて終了。最後まで笑いと拍手で送られていくのでした。
大安寺の鬼を追いやって、疫病も退散させよ!
打って変わって、今度はスタイリッシュな装いの鬼たちがモデルポーズで登場です。うねるような身のこなしで本堂の大階段から観客を見下ろしています。奈良市の中心部からやってきた「大安寺」の鬼さんたち、山の住民に都会の風を吹きつけんばかりです。
大安寺は、奈良時代には東寺と並ぶほどの大寺で、古くから疫病・悪病・難病封じの祈祷を担ってきました。現在でもがん封じのお寺として知られ、新型コロナウイルスの終息を日々お祈りしているといいます。現代の疫病も、悪鬼を追いやるのと同じく撃退できることを願わずにはいられません。
毘沙門天が登場、興福寺の迫力の立ち回り
お次は、正義の味方の毘沙門天が悪鬼を退治する儀式の「追儺会」で知られる奈良市の「興福寺」から、3匹の鬼がお目見えです。
酒に酔っ払い、斧をふり回して暴れる鬼たちを、毘沙門天が法力で一刀両断にという迫力の立ち回りを演じます。強い強い毘沙門天様に襟をつかまれて、最後はお堂へと引きずりこまれていく鬼さんたち。見入ってしまうほどの鮮やかな所作の披露に、大きな拍手が送られました。
愛嬌あるお面が人気、僧侶に操られる長谷寺の鬼たち
さあ最後は、桜井市の「長谷寺」から、愛嬌のある大きなお面でパレードでも人気のあった赤鬼と、青鬼と緑鬼の出番です。
長谷寺の鬼祓い儀式「だだおし」といえば、「大和の地に春を呼ぶ火祭り」としても知られています。そこでは、5メートルもの大たいまつを抱えた鬼たちがのたうち回り、火の粉をまき散らすも、「牛玉札」を持った僧侶たちの法力にひれ伏して追われて行くのだそう。
今日の鬼の夜会では、お札の力にコントロールされながらも、こん棒を打ち鳴らしたり、雄叫びを上げたりと、悪鬼らしい暴れん坊の姿を見せてくれましたよ。
澄み渡る空気も美しい冬の吉野山 荘厳な護摩供養で夜会はクライマックスへ
時に愉快に、時に緊迫した雰囲気で、寒空の下にいることを忘れさせるくらい観客をわかせてくれた所作の披露も、これにて終演。吉野山でみごと改心し、生まれ変わった鬼さんたちに、みんなで賞賛と感謝の拍手を送り続けます。
それにしても、同じ奈良県内というのにそれぞれの地域でこんなにも個性的な伝統儀式があることには驚きです。節分会の背景には、今も昔も疫病を恐れ、誰もが大切な人とのささやかな暮らしを守らんとする切なる願いがある。穏やかな春がやってきますようにと豆を撒き、鬼を祓い、厄を祓う。そして憂さも晴らして気持ちを新たにし、また歩みを進めるのだなあと思えば、いつの時代も懸命に生きようとする人たちの健気な日常が見えてくるかのようです。
「鬼の夜会 in 吉野山」のクライマックスは、金峯山寺による採灯檀護摩供。各寺社の鬼さんや僧侶のみなさんが本堂・蔵王堂に鎮座して一緒に祈りを捧げます。私たち一般参加者も順番に本堂へ立ち入って、お参りをさせていただきました。キンと冷え切った夜の空気に舞い上がる護摩の炎、無心で唱えられる読経の声と厳かな太鼓の響き。身の引き締まるような余韻を残して、鬼の夜会は幕引きとなったのでした。
帰り道、金峯山寺の石段を下りながら目にした夜空には、冬の星座がくっきり浮かび上がり、あまりの美しさにハッとして息を飲みました。そう、真冬の吉野山は空気がさらに透き通り、一層のすがすがしさに満ちていて、深呼吸すれば体がすうっと冴え渡るかのよう。雪が舞ったらきれいだろうなと想像し、うっとりしてしまいます。
どうぞ、冬の吉野にもぜひお出かけくださいね。あったかい温泉に入って、葛湯をすすって……そうそう、ユニークな鬼たちもあなたを待ちかまえていますからね。