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変わらぬ味の和菓子を守り伝える~御菓子司 萬松堂~(前編)

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美しい緑色に感激! 食べ歩きしたくなる絶品草餅

吉野に観光に来たなら、誰もが立ち寄るだろう『金峯山寺』。本堂のお参りを終えて国宝の正門『仁王門』の大階段を降りてくると……まるで昔話に出てきそうな“お団子屋さん”を見つけて心が弾みます。ここは、金峯山寺参道にある『御菓子司 萬松堂(おかしつかさ まんしょうどう)』。言い得て妙なお店のキャッチコピー「吉野名物 花より団子 献上草餅」に、ついつい引き寄せられてしまいます。

懐かしいような店構えにウキウキしながら覗いてみると、「お土産にどうぞ、お団子ひとつからでも買うてもらえます」と、やさしい笑顔のおかみさんが出迎えてくれました。ショーケースにはかわいらしい三色の花見団子、名物の草餅、こんがりと焼き上げてくれるみたらし団子、夏限定の葛まんじゅうなど、どれも一個、一本から買えるので食べ歩きにもよし、好きな組み合わせを選べば吉野杉の香りのいい木箱に詰めてもらえます。

奥ではご主人がきれいな緑色の生地をこねこね、作業しておられる。私の来店に気がつくと、「ようこそ、暑い中ようおいでくださいました」と柔らかな表情を向けてくださるから、ああ、このご夫妻のお団子はきっとやさしい味がするに違いない……と胸が高鳴ります。そこへ、「ぜひお味見もどうぞ」とおかみさんが丸いころりとした緑色の、あのきれいな生地のお団子を出してくださった。え? 試食には大きすぎる、味見どころか本商品かと見まごう大きさなのです。

「うちは味で勝負してますねん。食べてみて気に入ってもろて、一個二個と思わず手が出たわあて喜んでもらえるんが、何よりもうれしいんです」

どこまでも柔和な口調とは相反して、何度も聞かれた「味で勝負」というご主人の気持ちのにじんだ言葉。お話しているうちにこの言葉の意味がとても理解できたのですが、それは後ほどじっくり。まずはお団子、お味見にということで遠慮なくいただいてみます。

草餅は砂糖不使用、100%よもぎで着色された緑色

なんという美しい緑色……これは『草餅』で、色は100パーセント天然のよもぎの緑なのだそう。1.5キロの餅粉に練り込むよもぎの量はなんと1キロ、生地に繊維が見えるほどの濃厚さです。ぱくっとひと口にいきたい気持ちをおさえて、まずはこのお餅だけを食べてみよう……もっちり。鼻に抜ける野草の香り、おや、まったく甘くないわ。生地には砂糖を使用していないそうで、「餡なしでもご用意できますよ」とのことですが、やっぱり餡子と一緒に食べたくなる。よもぎの野生味をダイレクトに感じるお餅の中は、おだやかな甘みのこし餡。う~んこれ、この風味、これは大人になったからこそわかる美味しさだよなあと、ほろ苦さまでしみじみと噛みしめます。

「日持ちしませんねん」は無添加の証
懐かしさがこみ上げる昔ながらの味

“草餅”とは春の季語ですが、萬松堂では、その年の春に収穫されたよもぎの新芽を茹でてから冷凍保存して使っているので、草餅は一年中買うことができます。ですが、保存料など添加物を一切使用せず、ましてや生地に砂糖を加えないので日持ちはしない。翌日には硬くなってしまうし、色も悪くなる。この美しさ、おいしさを味わえるのは吉野を訪れた今日だけのお楽しみというわけです。

「日持ちはさせたほうがいいに決まってます。お土産に買っていかれる方がほとんどですし、今日中に食べえって言うのは心苦しい。でも、余計なものを入れたら甘みがくどくなるし、イヤな粘りも出てしまう。僕はね、味が答えやと思てるんです。生地かって、ちょっとした湿度の違いでダメになってしまう。これは違うと思ったら、絶対にお客さんには出さないし迷いなく捨てます。逆に今日はええ生地ができたなあて思うたら……指先に伝わる感覚でうれしいなりますねん。もう、間違いなく美味しいですし」

ご主人の橋本英之さんのこの正直さ。美味しいものは数あれど、こんなふうに心のこもったお菓子がいくつあることでしょう。手際よく餡を包みながら、ふくよかなその手のひらで一つひとつを愛おしむように完成させていく草餅。きれいなフォルムの楕円形ですが、機械で大量生産されるものとは決定的に違う、ぽってりとふくよかで愛嬌すら漂う仕上がりです。

流行や時代のニーズにあわせて変わっていくものがある一方、自分の手仕事は「変わらないことに意味がある」と橋本さんはいいます。吉野には後醍醐天皇についてこの地に移ってきたというような圧倒的な歴史のある店もありますが、萬松堂のはじまりは明治時代、「うちのばあちゃんが、小さな茶店をやってたんですわ。金峯山寺やら大峰山に参られる方に、お茶とちょっとした回転焼きをふるまうような」。旅先で休憩しながら他愛もない話をし、こんがり焼かれた回転焼き(地方によっての呼称は今川焼、大判焼きなど)をほおばって、元気をチャージしてまた歩き出す……わあ、腰かけ茶屋だ! やっぱり昔話に出てくるワンシーンのような光景がこの店の原点なのかと、温かなものを感じてうれしくなります。

羊羹はお取り寄せもOK
無性に食べたくなる誠実さの染みる和菓子

萬松堂が本格的な菓子司として歩み出したのは、お父様で先代の橋本洋右ようすけさんの意思によるもの。第二次世界大戦下、吉野は疎開先としてたくさんの人が身を寄せるも、食料不足でひもじい思いをする人が絶えなかった。その経験から洋右さんは、「手に職をつけるべし、そうすれば食いはぐれることはない」と決心、菓子職人として厳しい修行を経て『御菓子司 萬松堂』を作り上げたのです。

 店内の一角に飾られた先代の写真

「うちの商品はどれも、父親の代で出来上がったもの。後を継いだ僕の代で味が落ちた、美味しいなくなったと言われたらアカンのです。いつ食べても同じ、先代の味を提供するんが僕の仕事。変わりたくないし、変えたくない。長年の昔からのお客さんが変わらず買いに来てくれる、そのことが僕の仕事の答えやと思てます」

橋本さんご夫妻の「お客さんがお店まで来てくれはる、これはほんまにありがたいこと」という言葉。わざわざ美味しいと褒めてもらえるわけではないけれど、「また来たでえ」と顔を見せてくれる常連客がいる。最近どうですか、また元気で顔を見せてくださいと言葉を交わして、ここまで足を運んでくださったことに心から感謝する。どうぞ美味しく食べてくださいますようにと、背中を見送りながら。

コロナ禍で来訪がままならなくなったお客さんが増え、「このごろやっと、インターネット販売の大事さがわかりましてん」と笑う橋本さん。「吉野訪問の楽しみのひとつ」「やっぱり無性に食べたくなる」といったファンの口コミも多く、たとえ羊羹一本でも配送に応じているといいます。

さあこのあとは、千本桜の咲き誇る吉野らしいお菓子『さくら羊羹』など、『御菓子司 萬松堂』の魅力ある商品をまだまだご紹介しましょう。

⇒ 【後編につづく】
変わらぬ味の和菓子を守り伝える~御菓子司 萬松堂~(後編)

山本 亜希

山本 亜希

1975年、京都市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、海外旅行やグルメ取材、インタビュー記事を中心に東京での執筆活動をへて、2011年から京都市在住。ソウルシンガー、英語講師としても活動。

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