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吉野山の古民家で心身に沁みわたる蕎麦を~矢的庵~(後編)

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吉野山で美味しいお蕎麦といえば、名前の挙がる「矢的庵やまとあん」。前編では、吉野山の育むきれいな水で手ごねし、心をこめて手打ちされる蕎麦が誕生するまでの努力の日々、信州・戸隠とがくし仕込みの味のこだわりについてお聞きしました。
 
前編の記事はコチラ>>>

さて、矢的庵といえば、古き良き「吉野建て」の店舗そのものも訪れる人を魅了してやみません。まるで地階に隠し部屋を発見するかのような、吉野地方ならではのトリッキーな建物と、店主の大矢貴司さんがふるさと吉野に残したいもの、新しく生み出したいもの、そんな思いをお聞きしていきましょう。

 

おばあちゃん家を受け継いだ吉野建ての古民家は築120年超え

吉野山といえば基本的には1本のメインストリートが走っているだけ。このほんわかした田舎道も金峯山寺の仁王門を過ぎたあたりから山道らしい険しさを増していきます。上千本近くともなると、上り坂を歩くのはきつくなってくる。それでも、「これも美味しいお蕎麦にありつくためよ」と心をはやらせ、息を弾ませながら進むと、まさに“古民家”という趣ある店先に「手打そば」の立て看板。

土間でクツを脱いで上がった畳の間は、おばあちゃんの家を訪れたような気取らない空間。「なつかしい……よくぞ壊さずに古いままをお店にしてくださったもんだ」と感心しながらその雰囲気に浸ります。

平地の少ない山村の吉野で、斜面を生かして家を建てる独特の建築方法、それが「吉野建て」。正面からの外観は平屋にしか見えないのに、裏手に回れば全貌にびっくり。実は崖に添って2階、3階建ての家だったとは……つまり、中に入ると思いがけず地階があるので、階段を下りる時の気分はまるで、隠し部屋を探検するみたい。興奮する私に大矢さん、「ここらは9割がたの民家が吉野建てですし、普通ですよ。それでしか建てられませんしね」とクールな切り替えし。「まあ、たしかに外国人には大ウケしますね、別にフツーの古い家なんですけどねえ」との反応なのでした。

 

建てられたのは明治のころ。明確な記録が残されていないものの、少なくとも120年以上前の建物だそうで、「ほんまに、“おばあちゃんとこ”なんですわ。ぼくの先輩のおばあちゃんが住んでた家でして」。大矢さんが矢的庵を始める前には、その先輩がこの場所で川魚やジビエを出す店をしていたのだとか。

「ちょうどぼくが大阪での仕事を辞めて吉野に帰ってきたら、先輩が店を出すんや言うて、おばあちゃんの家をトントン、自分で改装しながら準備してたんです。ぼくも一緒になって手伝いながら、ええなあ、夢があってええなあと。いつか自分もこんなふうに地元で好きな店が持てたらなあと考えて、蕎麦屋になろうと思ったんですけども

そう決心して蕎麦の本場、信州・戸隠で修行し、いざ帰郷してしばらくたったころ、その先輩が「どうや、そろそろ店やらへんか?」と声をかけてくれたというのです。自分はとなりに新しく店を出すから、ここが空くのだと。なんと、憧れの原点ともいえるこの場所で、ついに自分の蕎麦屋を持つことができるだなんて……運命みたい。

ステキな展開ですねえ……と漏らす私に、「何もステキなことなかったんですわ、現実は」という大矢さん。アルバイトをひとりだけ雇っていざ開店したものの、まともに提供できたのは「ざる蕎麦」と「ビール」だけ。そんな店でお客さんは本当に喜んでくれているのかと不安になるばかり。「儲けは出ない。どうすればいいかもわからない。もてなすことの意味もわかっていなかった」と、開店当初の2011年春のことをふり返ります。

 

何があっても吉野山で生きていく 地元を盛り上げ、いつか恩返しを

ふるさとで本気で蕎麦屋をやっていくという決意が自分の中でうまくかみ合って、やっと安定してきたのはここ数年のことだという大矢さん。信念をもって打ち続ける蕎麦、無農薬栽培の野菜など地元の旬が伝わってくる天ぷら、吉野の地酒も味わえて、季節ごとに登場する限定メニューも訪れる人を飽きさせません。

「お客さんが自分の前で食べてくれて、美味しかったって帰っていかれる。会社勤めのころには見えなかったし、お客さんの姿はありがたいです。吉野山に美味しい店があったなあって覚えてもらえるような、そういう店になりたい。桜の時期だけでなく、1年中いつ来てもらってもいいように、特に休みもないです」

「何があっても吉野山で生きていく、生きていくしかない」と大矢さん。「子どもらもたくさんいますし、がんばるしかないですし」と、ブレない思いを抱けるのはきっと、愛妻の久美子さんと一男四女という5人の子どもたちの存在があるからでしょう。そう、かつて職も定まった目標もなく吉野に戻ってきた大矢さんが、20年近くすぎた今では9人家族の立派な大黒柱。ご両親と大矢さんご夫妻、5人の子どもたちのみんなで、生まれ育った「吉野建て」の実家を舞台に、にぎやかな暮らしが続いていくのです。

「自分はこれまでたくさんの人に助けてもろうてきたし、これからは吉野山全体の底上げのために役に立たなアカンなと。ぼくはもう若手やないんです。以前は自分のことだけで必死でしたけど、今は年齢的にも中堅ですし、みんなで同じ船に乗って一緒に水揚げしていこうと思うてます」

子どもの入学式や運動会など、家族の成長のためのイベントの日以外は努めて店を開ける。それが観桜期だろうと、閑散期だろうと、「自分はここで蕎麦を打つのみ」。その姿勢は、吉野の未来のために、子どもたちの将来に今の自分ができる精一杯のことをという強い心意気が伝わってくるようです。

関西屈指の観光地であるのに、コンビニエンスストアもネオンの灯りもない吉野山。表向きには平屋にしか見えない吉野建ての町家が並ぶ風景はレトロで、旅情的でキュンとする。1世紀以上も受け継がれてきた矢的庵の古民家も、「すき間風が入ったり、建てつけが悪くなったりと困り事ばかりやけど、付き合っていくしかない」とのことですが、手をかけるほどに愛着が増していくかのような、古いからこその雰囲気が何ともステキなのです。

そして、「矢的庵」という店名がまたとてもいい。“大和”に掛けてあるのはもちろんのこと、「大矢が気張って的を射る、となればええかなと」。吉野に来たら、また寄りたい。吉野を訪れる人にはすすめたい。そんなふうに思う私は、もう射抜かれているのかもしれません。

 

手打そば 矢的庵

住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山2296
TEL:090-2478-5834
営業時間:11:00~17:00(時期により変更あり) ※蕎麦はなくなり次第終了の場合あり
定休日:不定休
HP:http://www.yamatoan.com/index.html

山本 亜希

山本 亜希

1975年、京都市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、海外旅行やグルメ取材、インタビュー記事を中心に東京での執筆活動をへて、2011年から京都市在住。ソウルシンガー、英語講師としても活動。

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