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アイデアに溢れた吉野山の味覚~林とうふ店~(後編)

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全国各地からお取り寄せのオーダーが入り、豆腐尽くしのランチは行列必至、いまや、吉野山になくてはならない存在感の『吉野山豆富本舗 林とうふ店』。前編では吉野の水を使ったこだわりの製法について伺いました。さて、いかにしてこれほどの人気店に成長したのでしょう? 創業者は祖父、二代目は孫という林一家の豆腐店、それぞれにご苦労があったようですよ。

昔ながらの祖父の豆腐屋に
若者の感覚と新しい技術をプラス

『吉野山豆富本舗 林とうふ店』の豆腐職人、林啓司ひろしさんは、20年前までは東京にいて建設業の現場監督をしていたというから驚きます。

「合いませんでした、縦社会が……キツかった。辞めて地元に戻ってきて祖父に頭を下げたんです、一緒にやらせてくれって。もう自分には失うものも何もない、人生かけてやるからって。豆腐屋になったのは、単にそれが家業やったからですね」

おじいさまのお店とは、さぞ繁盛していたのかと思いきや、「いや……やってるのか、やってへんのかわからんような商売っ気のない店やったんです。機械も入れずに、いまだに木桶なんか使ってるような」。小さな工房で手作業で、自分ひとりで作れる量だけ、売れる日も売れない日もあるような、そんな細々とした商売を35年間続けていた祖父の順造さん。跡継ぎもなく、いつかは店じまいをというころ、孫の啓司さんが突然帰ってきたのです。

さぞ喜ばれたでしょう? と聞けば、「いやあ、いい迷惑やったんちゃうかな」と笑う啓司さん。祖父の店をどうすれば活気づけられるだろうかと、技術やノウハウを学びに行った先があるといいます。それが、奈良の御所市にある『梅本とうふ店』。おかみさんの人柄がとにかくフレンドリーで、それだけでお腹がいっぱいになるんじゃないかっていうくらい来店客にはどんどん試食をしてもらう。一度行ったらファンになってしまうヒントがたくさんあったといいます。

「おかみさんは太っ腹でした。企業秘密なんて冷たいことはいわず、技術も知識も惜しみなく教えてくださった。僕がいざ豆腐作りをはじめるっていうときも吉野まで来てくれて、教えてくれたし手伝ってくれた。おかみさんにも祖父にも……ほんまに僕は人に助けられたと思てます」

啓司さんが豆腐職人として本腰を入れた20年前は、ちょうど豆腐作りに革命が起きたころ。“にがり”を使うようになったのです。それまでの豆腐はボソボソとした食感で、硬かった。それは“澄まし粉”を使っていたからで、代わりに主流になった天然にがりの効果で豆腐は口当たりもなめらかに、さらにおいしく進化したのです。けれど、昔ながらの製造法しか知らなかった祖父には、便利になるはずの機械化もにがりの打ち方も、わからないことばかり。世代交代はおのずと訪れたのだそうです。

ところが、いざはじめてみると、売り上げは2,000円なんていう日もあった。待ちの姿勢ではダメだ、林とうふを知ってもらうため打って出なければ。アクションあるのみ。捨て身の林さんは観光客頼みの吉野山を下りて隣町へ、豆腐を売りに一軒一軒訪ね歩いたといいます。

「食べてみてください、あら、おいしいやん、ほな買ってみてください、ふん、買うてみよかと一回は買ってもらえる。けど二度目はない。それはなんでなんやろかと考えては改善して、また挑戦して、もうそれのくり返しですよ。ものすごいヘコみもしましたけど、やるしかなかったですし」

これはいわゆる“ドサ回り”。自分の足で真正面からエンドユーザーに掛け合って、商品のニーズ、本当の価値を掴んで歩く、とてつもなく地道な作業。いまや行列の絶えない人気店にこんなドロだらけの日々があっただなんて想像もしなかったことですが、この経験がなかったらあの究極のおいしさは完成していなかったかもしれないと思うと、感慨もひとしおです。

豆腐の可能性を開いていくのは二人三脚で歩んできた夫婦のタッグ

林さんの努力は一歩ずつ実を結び、ついには隣町の大淀町の道の駅で販売されるまでに。ここは採れたての大和野菜や大淀バーガー、十津川きのこ佃煮丼など、ここでしか食べられない名物グルメを求めて、毎日多くの人で賑わう活気あるスポットです。ここでのヒットを足がかりに、林とうふは奈良県の物産展の常連に、道の駅をはじめ各地のお土産店でも定番商品に。いまや奈良を代表する豆腐店のひとつになったのです。

普段は『豆富茶屋 林』で働く林昌与(まさよ)さん(右)

「こだわりの大豆、吉野の水で作られているのに意外とお安い、そしてかなりウマイ!」と口コミで話題。お取り寄せグルメとしても評判を呼び、東京や宮崎での催事に招待されて販売に出向いたこともあるのだそう。そこで大活躍だったのが、妻の昌与まさよさん。普段は『豆富茶屋 林』の店頭で明るくさわやかな接客が印象的ですが、出張販売でも驚異の売り上げを記録。昌与さんのセールス力はすごい、ぜひうちで働いてほしいくらいと主催者側に感謝、絶賛されたのだとか。

「ウソです、大げさやし」「いや、ほんまですねん、奥さんすごいわ、めっちゃ売るのうまいて、たまげてたで」「たいしたことない、ない」「スカウトされてましたし、もうそっちの道に行ったらええのに思て」「ちょっと、なにエエカゲンなことを」

おふたりの掛け合いはまるで夫婦漫才でしたが、林とうふの名を知られていない地方でもなぜ、そんなに売れたかと想像すれば、それはやっぱり昌与さんの力だろうなとほほえましくなります。かつては工房で“あげさん”を揚げながら、アツアツを試食販売していたという昌与さん。豆腐のおいしさも、こだわりも、また、啓司さんの努力や思いを誰よりも知っているから、商品に自信があるし誇りがある。昌与さんだからこそお客さんに届くメッセージがあるのだろうなと思うのです。

いまは、工房と茶屋という歩いて5分のいい距離感で、それぞれの仕事に勤しむふたり。けれど、これが不思議なのです。別の場所で働いているのに、ふたりともペースがとても似ている。てきぱきと実によく動くのにムダな動線はなく、ふたりして本当に働きもの。やるべきことは違っても目指すものは同じ、ふたりの中に同じリズムが流れているかのようです。

新商品 豆乳ラテ 税込600円~(左から 宇治抹茶、枝豆、アルフォンソマンゴー、いちご)

茶屋でいただける『なめらか絹ごし黒蜜きなこ』(税込450円)は、これまたシンプルなのにとても斬新なひと品。甘みを加えていないプレーンの絹ごし豆腐に、たっぷりの黒蜜ときなこをかけただけ。口の中でさらっとほどける……これは豆腐、たしかに豆腐なのにスイーツなのです。さらに、啓司さんも、「え、知らんかった、今日はじめて知ったわ」と笑う新商品、豆乳ラテ(フレーバーはいちご、宇治抹茶、枝豆、アルフォンソマンゴーの4種類で税込600円~)も、濃厚な豆乳ありきのおいしさなのだなあとわかります。啓司さんの作る純粋な豆腐に新しさやアイデアをプラスして、豆腐の可能性をますます広げていく昌与さん。次に吉野に来たときは、どんな新商品に出会えるのかしら。『吉野山豆富本舗 林とうふ店』のこれからが、ますます楽しみになります。

※商品価格は税別で、2021年10月現在のものです。

⇒ 【前編はこちら】
アイデアに溢れた吉野山の味覚~林とうふ店~(前編)

山本 亜希

山本 亜希

1975年、京都市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、海外旅行やグルメ取材、インタビュー記事を中心に東京での執筆活動をへて、2011年から京都市在住。ソウルシンガー、英語講師としても活動。

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