私は、自他共に認める超インドア人間でした。
休みの日にはできるだけ外に出ず、リビングのソファーでじっとテレビを見て、「あー、何も生産性のあることをやらないまま一日が過ぎてしまったなぁ…」と、罪悪感におぼれながら夜を迎えることが常の人間だったんです。
そんな私が!
何の因果か、アウトドアのしかも森林セラピーの担当者になってしまったんです。
そんな経緯から、寒い日はヌクヌクとデスクワーク、暑い日は涼しい環境で…、なんて甘い考えは吹き飛び、「担当する仕事を理解するためには、まずは吉野町の山歩きルートを把握しましょうね」と最初に連れて行かれたのは、吉野山から宮滝に続く『森林セラピー 吉野・宮滝万葉コース』。
そんなこんなで「超インドア人間の山ガールデビュー」が始まりました。
まずは、近鉄吉野駅からスタートです。近鉄吉野駅からささやきの小径を歩くと、40分程度で吉野山の如意輪寺に到着することが出来ます。如意輪寺で一休みして、ようやくここからが本番、森林セラピールートの入口が見えてきます。
まずは、緩やかに続く石畳の上り坂を歩き、桜が植林されているエリアを抜けていきます。季節によって春はピンク、夏は鮮やかな緑、秋は紅葉と、風景の色合いが変わるんだろうな、と想像を膨らませながら目の前の風景を楽しむことが出来ます。
その後、一本道を進むと「もみじ谷」と呼ばれる楓の枝が覆いかぶさる空間を通過します。新緑の季節には、楓の葉の青さが美しく、個人的にはこの場所がお気に入りスポットになりました。
如意輪寺から少し歩くと、上千本と宮滝の分岐を宮滝方面へ曲がります。そこからは急な上り坂が待っていて、いよいよ超インドア人間にとっては試練が始まります。道は整えられていますが、普段アスファルトしか歩かない人間には歩きにくいのです。しかも、大きな石段で急な勾配。普段は使わない足の筋肉を駆使しながら、一歩一歩進みます。
ようやく登りが一段落したところに、「稚児松(ちごまつ)地蔵」の祠(ほこら)があるので、しっかりと手を合わせ、これから先の安全を心よりお願いします。
切実な心の声 : 「どうか無事に最後まで歩けますように」
しばらくなだらかな林道で、吉野杉と吉野檜の林を抜けます。まっすぐに伸びる針葉樹の林は、今まで見たことがない種類の美しさで、思わず息をのみました。もちろんそこには多くの人の手が加えられ、整えられていて、自然の力と人間の力のコラボレーションが見せる造形美といえるかもしれません。
ここで針葉樹に関する豆知識です。
杉やヒノキからは「フィトンチッド」と呼ばれる自然成分が発散されていて、この成分は、防虫などの効果があるそうです。
そのことは、実際に森林には虫が少ないことからも理解することが出来ます。また、この「フィトンチッド」には、人間の副交感神経を活発にする効力があるそうで、大きく息を吸い込むことで、心が落ち着いたり、癒された感覚になるのだそうです。私が歩いた日は、ちょうどいい天候で、森に差し込む光の中に青白いフィトンチッドの自然成分を目にすることができました。神経を研ぎ澄まし始めた身体から、嗅覚に訴えてくる爽やかな森林の香りを体感することができます。
稜線に沿って道を歩くと喜佐谷行きの道標に出会うので、そこからは、いよいよ下り坂の始まりです。
「下りはラクチンだぞ!」なんて思っていたら、実はこれが結構しんどいのです。岩肌をあらわにした遊歩道は、時々急で滑りやすかったり、また時々いびつな石が転がっていたりして足を取られそうになります。
登りとは違った、別の筋肉を使いながら道を下っていくと、今度は目の前に小川が現れてきます。大きな石を飛び越えて小川を渡ると、冒険をするRPGの主人公のような、わくわくした感情がわいてきて、この体験を楽しめる余裕も出てきます。
そこからしばらく歩くと、頑張りのご褒美ともいえる風景が待っています。
その名は「高滝」です。この滝は圧巻で、それまで滝というものに特に魅力を感じたことがない人でも、引き込まれるほどのパワーがそこにはあります。
しばしの休息の間には、しっかりと高滝からマイナスイオンを浴びて、心と体を清めた気分でまた元の道へと戻ります。足のどの部分が疲れていて、どの部分が痛いのか、もはやわからない状態になりますが、残りは少しだけ下りがあるのみです。
高滝から少し歩くと、突如、森を抜けて里山に出てきます。下界は空気が途端に変わります。森の中のキリッとした空気感が消えて、気温が全然違うのです。実際は数度の違いかもしれませんが、とても暖かく感じました。
私にとっては、初めての山ガール体験となる森林歩きが終わり、妙な達成感に、「もう疲れたぁー」という気持ちと「また歩きたい」という気持ちが綯交ぜになった感覚が残りました。
次への挑戦の前に、まずは体力をつけないと!何年もの間甘やかしてきたこの自分の肉体を目覚めさせる時が、ついにやってきました。