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奈良吉野のいにしえの味わい 日本酒『神然流 花巴』~前編~

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「吉野という土地でしかできない、ここだけの酒造りがきっとある」

試行錯誤の原動力は、ふるさと吉野への思い。それを実現したら、今までに味わったこともない、驚きの日本酒ができあがった――。

「ちょっと、びっくりするような味かもしれませんけど」と、造り手みずからが注いでくれた一杯。いったいどんなものかしらと口にふくんだら、あら、意外にもスッキリとしている。そう、ヨーグルトにできる上澄みのホエーのような、さわやかな甘みと確かな酸味。それなのに、キュイっと喉を通ったとたんに、今度は思いもしなかった押し味が、キリリとした輪郭で立ち上がってくる。鼻に抜けてもまだ残る、小気味いいパンチのきいた余韻……これですか? 第一印象と、追っかけてくるあと味がぜんぜん違う、これが、びっくりするような味ですか?

「広がるでしょう? 単純じゃない、いろんな味が乗ってますでしょう? そう、びっくりする味と言うたんは、うちの酒はほかの何にも似てへん味やからです。人は、自分が記憶として覚えている味に、『おいしい』って感じるんやないかと。そういう意味では、こんな日本酒知らん、飲んだことないわと驚いてもらって、それでいい。それこそこの、吉野という土地でしか造れない、オンリーワンの意味があると思うんです」

万葉の昔から詠まれた『柳の渡し』(吉野川の渡船場)、その由緒ある柳の木のしな垂れた川沿いに立つ美吉野醸造。創業は1912年、自身で4代目となる橋本晃明さんは、Golden 40s(仕事もプライベートも、ますます輝きを増す黄金の40代)を滑りだしたばかりの、エネルギッシュな若き当主 。思いもよらぬ展開だって大歓迎、想定外の変化すら楽しむかのような柔軟性とバランス感覚にあふれるチャレンジングなリーダーです。

おおらかな流れをたたえる吉野川を見下ろし、自然光が差しこむテイスティング・ルームにおじゃました初夏のこの日も、「これ、窓際でめいっぱい日光にさらしてみてるんですよ。いまで一週間、だいぶ色が濃うなりましたね」と、黄金色に変色した純米酒のボトルを出してこられるから、いきなりの拍子抜け。……え、日本酒を直射日光にあてる? それって本来、やってはいけない保管方法じゃないんですか?

「あきませんね、NGです。でもあえて、やってみるんですよ。お客さんの手に渡ってから、どんな状況に置かれるかはわからない。いちばん過酷な状況だったら、どこまで変質するか。造ってる自分が、あらゆるパターンを知っておきたんですよね」

橋本さんによると、日本酒はこんな、ふたつの考え方ができるという。ひとつは、蔵から出荷された状態が、商品の完成形。このベストな状態で、できるだけ早く美味しく飲んでほしいというのと、もう一方は、日本酒は保存食のひとつだという発想。時間の経過とともに、味わいの成長を感じるのもまた醍醐味――橋本さんの造る日本酒は、完全に後者の考え方です。

「お客さんのほうで、好きに寝かせて保管して、自由なタイミングで、好きな仲間と用意した料理にあわせて、好きなように食べて飲んでしていたら、なんや楽しい、ええ時間やったなあと。そういうひと時に寄り添える、幅のある日本酒でありたいと思うんですよ」

なぜって、日本酒は米からできている。お米にあわない食べ物なんて、そうそうないでしょう? 好きに食べて、飲んだらいい。この酒にはこの料理をあわせるべき、なんて提案も決まりも、何ひとつないんですって。一世紀以上もつづく蔵元の継承者から語られる言葉は、これまでの日本酒のイメージを心地よく裏切るような、驚くようなことばかり。たとえば、主原料のお米でさえも、

「うちは米の銘柄はうたいません。吉野は、米どころやないから、決まった米がなければできないというような、受け身の酒造りはしたくない。そもそもお米も、最低限しか削らないんです。だって、もったいないじゃないですか。せっかくの大事な米だから、持ち味も旨みも、できるだけ取り入れたいし、残したい。削るのは三割だけ、精米歩合は70パーセントです」

米の大産地を拠点とする酒蔵の多く が、精米歩合40パーセント、つまり限界まで米粒を削り上げ、心白というお米の中心部のみを使うことで、雑味なく吟醸香の高い、贅沢な日本酒ができあがるとしている。

「そういうのが一般的に、きれいな酒というやつです。雑味がないから飲みやすいし、誰もがよく知ってるザ・日本酒の味、つまり万人受けするお酒です。でも反対に、この土地の、この蔵やないとという、クセになるような特徴ある日本酒とは違うなあと思います」

橋本さんが目指すのは、あくまでも、吉野でしか生まれない、吉野ならではの酒。そんな美吉野醸造の、“圧倒的個性”を生み出したのが、

『酵母無添加』

という、ダイナミックこのうえない発想の大転換。いやいや…とは言っても、日本酒は発酵食品、その発酵をうながし、糖分を餌にしてアルコールを生み出してくれるのが酵母。いわば、日本酒にアルコールを発生させるには酵母が不可欠で、そればかりか、香りの豊かさ、風味の華やかさは酵母が決めるとまでいうじゃない。清酒酵母の添加なくして日本酒造りはできない…のでは?

「かわりに、蔵つき酵母を使うんです。うちの、この蔵にしかない酵母。床やら壁やら、樽の中やらに、もともと自生している菌です。つまり、この土地で、吉野の気候じゃなければ生まれなかった土着の酵母。それを使ったら、ここでしか造れない唯一無二の酒になる! と気づいたわけです」

市販の酵母を使えば、安定した大量生産が可能になる。どの酵母を使えば、どんな仕上がりの酒になるかと青写真も描ける。でもそれでは、酵母ありきの酒、誰がどこで造ろうと、想定でできる没個性の酒になる。でも、だからといって、蔵つき酵母は自家培養する手間が大きいし、なんといっても天然の産物、今年は台風で雨が多かった、暖冬だったよねと、気候が変われば、菌の性質は当然違ってくる。そんな自然に左右される蔵つき酵母をベースにするなんて、去年の味はこうだったけど、今年はどう仕上がるかわからないって、揺れる酒造りで大丈夫なんでしょうか…?

「花巴はこうあらねばと、酒の味を決めてないんです。そうこうして、今年できあがった酒が、うちの味。年によって違いはあれど、蔵としての特徴は芯にあってブレていない。そうか、今年はこんな仕上がりか、なるほど、それでもやっぱり花巴らしいよねと、そこに着地できたらいいんです」

酒の味を決めていない、それがうちの蔵ですと、まさかの言葉で胸を張れる若き杜氏のすがすがしさ。発酵も自然まかせなら、温度の管理もしすぎない。ただ、吉野の風土にあわせて、この気候に寄り添って、見守り、世話するような酒造り。

自然はすごいし、未知数ですと橋本晃明さん。造り手の自分たちこそ驚くような、知らなかった味わいが、幾重にも織りなして完成するハーモニーが、今年の『花巴』になる。蔵人たちに愛おしまれて送り出される『花巴』とは、吉野の山に桜が舞う姿から名づけられた、美吉野醸造のシンボル酒です。

※ 神然流 日本酒花巴はこちらから購入できます

山本 亜希

山本 亜希

1975年、京都市生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業後、海外旅行やグルメ取材、インタビュー記事を中心に東京での執筆活動をへて、2011年から京都市在住。ソウルシンガー、英語講師としても活動。

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