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山歩き

女性山伏の修行場・稲村ヶ岳を歩く

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2019年9月、日本独自の宗教「修験道」の修行を行う山伏さんのガイドの下、奈良県天川村にある稲村ヶ岳いなむらがたけを登る機会がありました。今回は、その時の体験について皆様にお伝えしたいと思います。

稲村ヶ岳は、原生林が広がる美しい景観のハイキングコースが山頂へと続いているのが特徴です。修験道修行の聖地として知られる大峰山の隣に存在しており、女人禁制のため大峰山で修行できない女性山伏が修行を行う場であることから「女人大峯」と呼ばれることもあります。

 

いざ出発!

稲村ヶ岳の登山口は、ノスタルジックな旅館が立ち並ぶ温泉街・天川村洞川どろがわ地区にあります。洞川で採れる天然水「ごろごろ水」は有名で、県内外から多くの人がボトルを持参して採水所に水を汲みにやってきます。

洞川地区からまっすぐ行くと、稲村ヶ岳の登山口に到着します。登山口には修験道の開祖・役行者の母を祀る母公堂があり、これが女人禁制の結界口となっています。登山開始前にこの母公堂を参拝するのが稲村ヶ岳登山の慣習らしく、私たちもガイドの山伏・大塚さんに倣って参拝。

その後、入山の合図に大塚さんがほら貝を吹き鳴らしました。盛りを過ぎた夏の朝の澄んだ空気、ほら貝の音、木々の間から差す太陽の光……とても神秘的でした。儀式の後、大塚さんから簡単な説明を受けて、いざ出発!

道のりの最初1/3ほどは、小川に沿って伸びる細い道を行きます。稲村ヶ岳は修行のための山。歩く際は休憩時以外、会話を控えて進みます。

人工林に囲まれた登山道の景色はなかなか美しいのですが、私は森の静けさが気になりました。時折鳥のさえずりや鹿の鳴き声はするのですが、稲村ヶ岳は生物の生息地には適していないのか、とても静かで、森には私たちの足音だけが響いていました。

ほら貝を吹きながらガイドしてくれた、山伏の大塚さん

登山口からしばらく歩くと尾根に出て、景色は鬱蒼とした松林から開放的な自然林に。ここまで淡々と歩いてきた私ですが、景色の良さも手伝ってテンションアップ! やはりハイキングの醍醐味の1つは、植物の多様性を感じることですね。

そんな私に、大塚さんは木々や苔、小さな植物のことなど様々なことを教えてくださいました。

道中には、台風などでダメージを受けたような橋が修理もされないままかかっていました。それにしても、どうやってこんな森の中に橋をかけたのでしょう。そして、今ではどれぐらいの頻度でメンテナンスをしているのでしょうか……。

渡るのが不安になる橋

橋の残骸

その昔は、災害などで登山道が荒れてしまった場合、山伏が修理をしながら歩いていました。それも修行の一環として捉えていたからです。

しかし今では稲村ヶ岳を訪れるのは山伏よりも一般の登山客が多くなりました。そのため登山道の整備により多くの労力が割かれており、過去の残骸の撤去は後回しになっているようです。景色のいい森の中で巨大な鉄骨の残骸に出くわしてしまうと、せっかくの気分が台無しです……。

山頂へと続く登り道の手前には、山伏が夜を過ごすために作られた古い山小屋があります。周りにはピクニックテーブルやトイレがあるので、休憩にピッタリ! ちなみに、ここから山頂までは約30分です。

実は、稲村ヶ岳には2つの山頂があります。1つ目は、大日如来にちなんで名付けられた「大日山」だいにちさん。大日山は、周囲の地形から突き出ており、南西側が崖になった美しい山です。

大日山の崖を登る

頂上に到達するためには崖を登ったり、心もとない足場を歩いたりする必要があり、スリルたっぷり! 私は思わず興奮してしまいました。ちなみに、大日山の山頂は山伏が祈りをささげるための場所なのだそうです。

大日山山頂にて

大日山登頂後、元来た道をさかのぼってメインの登山道に戻り、2つ目の山頂(稲村ヶ岳)を目指します。これまで進んできたよりもきつい登り道を登っていくと、ついに山頂に到着!

山頂には展望台が設けられており、あたり一面を360度見渡せる素晴らしい視界が広がっていました。重なり連なる山の稜線がどこまでも続くかのようで、木々の海の中に稲村ヶ岳と隣の大峰山が孤島のように浮かんでいるような錯覚を覚えました。

展望台からは人工林と天然林の違いをはっきり見て取ることができたのですが、人工林に追いやられたかのような天然林を見るとなんだか悲しくなりました。とはいえ、手つかずの自然が今も残っていることがわかって、同時に少しホッとしました。

展望台の周りには、トンボや色とりどりの蝶など様々な虫たちが飛び回っていました。昼食をとりながら景色と虫たちの動きを眺めていると、1匹の蝶がガイドの大塚さんの頭に止まるという奇跡が……! 蝶にも愛される大塚さんは稲村ヶ岳をよくご存じで、展望台とはまた違った絶景が見られる秘密のスポットにも案内してくれました。そして昼食後、私たちは来た道を引き返したのでした。

伝統的に稲村ヶ岳は女性山伏のための修行の場といわれていますが、実際には、女性山伏も男性登山客も受け入れてくれる懐が深く景色が美しい山でした。私は以前隣にある大峰山にも登ったのですが、稲村ヶ岳の方がオープンな雰囲気があり、より楽しむことができました。今回は女性も含めた数人の登山仲間で歩きました。皆で同じ経験をして後々語り合うことができるのは、稲村ヶ岳の素晴らしい点だと思います。大峰山での登山体験は女性とは語り合えませんしね。

下山中、長い列になって歩く女性山伏の一行とすれ違いました。何世紀も前から稲村ヶ岳ではこのような光景が見られたのだろう、と思うと感慨深かったです。

かなり満足度の高い体験となった稲村ヶ岳登山。修験道に興味がある人や森に息づく生態系を感じたい人、スリルのある大日山の崖登りを体験したい人は、ぜひ一度訪れてみてください。

「天川村」と聞くととても遠いような気がしますが、実は近畿圏なら日帰り可能です。しかし、せっかくなら洞川温泉郷の旅館に泊まることをおすすめします。ちなみに、今回私たちはガイドさんと一緒に登りましたが、コースが複雑ではないので、登山に慣れている方はガイドなしでも問題なく踏破できると思います。皆さんもぜひお試しを!

Nate

Nate

奈良北部で数年暮らした後、南部・吉野への移住を決めたアメリカ人。外国人に吉野の魅力を伝えるための活動をしています。

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