よしのーと!

歴史紀行

奈良のおちゃめな久米仙人 ゆかりの地を巡る

お気に入り

お気に入りに追加

漫画『ドラゴンボール』の主人公・孫悟空の師匠である亀仙人は、いつも女の子のお尻を追いかけている困ったご老人。煩悩のかたまりのような人なので、「清い心を持っていないと乗ることはできない」という筋斗雲からも落ちてしまいます。

実は、古代大和の国にもそんな憎めない仙人がいたという伝説があります。
それが「久米くめ仙人」です。

 

久米仙人の伝説

この仙人、吉野の龍門寺で厳しい修業を行って飛行術を身につけたところまでは良かったのですが、飛行中に川のほとりで洗濯をする若い娘のふくらはぎに目を奪われ、空から墜落してしまった…というトホホなエピソードの持ち主です。

仙人でありながら、どうしようもない好色家だったのか、それとも純情すぎたのかはわかりませんが、実に人間臭い仙人ですね。ちなみにその後、仙人は洗濯をしていた娘と夫婦になったとされています。娘も、この出会いに運命を感じたのかもしれません。

『今昔物語集』によると、俗人に戻った久米仙人はある時、新しい都をつくるために駆り出されました。その際役人から「元は仙人だというのなら、この材木を飛ばして運んでほしいものだ」とからかわれた久米仙人は、一念発起して道場に籠り、七日七晩祈りをささげることに。そして八日目には材木を山から都まで飛ばすことに成功したのです。そのことに喜んだ帝は、久米仙人に褒美として税のかからない田んぼ(免田)30町を与えました。そしてそこに久米仙人が建てたのが、久米寺というお寺だったといわれています。

 

久米仙人が創建した?久米寺

久米寺は今も奈良県橿原市に残る古寺です。創建については諸説あり、聖徳太子の弟・来目皇子が建てたとも、古代の豪族久米氏の氏寺だったとも、久米仙人ゆかりのお寺だともいわれています。久米仙人の足跡をたどるのならば、ぜひ訪れていただきたい場所のひとつです。

境内に入ると、金堂の横に立つ久米仙人の石像が参拝者を迎えてくれます。一見したところ、仙人の風格というよりは小さなおじいちゃんという風情です。

この石像の足元では、小さな皿の裏に願い事を書いて石の上に置き、木槌で割る「カワラケ割り」というお祈りをすることができます。久米仙人とカワラケ割りの因果関係はよくわかっていませんが、やってみると結構楽しいですよ。

久米寺にはもう1体久米仙人像が存在しています。
それが、金堂にある「久米仙人肉付像」。久米仙人が自分の毛と生歯を埋め込んで作った…といわれている木像です。わずかに傾いた大きな頭、ろっ骨の浮き出た胸、長く伸びた黒い顎鬚。そしてわずかに開いた口からチラリとのぞく白いもの…これが生歯なのでしょうか。

制作エピソードといい、その見た目といい、この木像少し…いいえ、かなり怖いです!もしこんな見た目をした人が突然空から落ちてきたら、逆にこちらが昇天してしまいそうです。

とはいえ、この像は久米仙人が久米寺のご本尊である薬師如来様に誓願して作ったとされるありがたいもの。心の中で非礼を詫びつつ、私も手を合わせてきました。

 

久米仙人墜落の地

次に向かう久米仙人ゆかりの地は、久米寺から徒歩10分ほどの場所にある「いもあらい地蔵尊」。久米仙人が墜落したと伝えられる場所です。

このあたりは昔「いもあらいしば」と呼ばれており、近くには「いもあらい川」が流れていました。この「いも」とは「疱瘡(天然痘)」のこと。昔は、疱瘡(いも)除けの願いをこめて峠や村の入り口に「いもあらい地蔵」を祀っていたそうです。

一方、「いも」という響きには愛しい女性を呼ぶ「妹(いも)」という意味もあります。「いもあらい」が「妹(いも)洗い」に通じることから、いつしかこの地蔵が久米仙人の伝説と結びつき、ここが仙人墜落の地とされたようです。

現地案内板では、『大和名所図会』のイラストが紹介されています。この『大和名所図会』とは江戸時代に刊行されたガイドブックのようなもので、ここには空を飛ぶ久米仙人と、川で芋を洗う娘の姿が描かれています。

平安期の『今昔物語集』では川で衣の洗濯をしていた娘と記載されていたものの、江戸時代には「いもあらいしば」で「芋」を洗う「妹」に変わっているのです。「いも(疱瘡)あらい」「妹洗い」「芋洗い」という3つのいもが重なるこの地は、久米仙人という伝説が、時代ごとに様々な要素を取り込み、少しずつ変化しながら語り伝えられてきたことを示す面白い場所といえるでしょう。

 

久米仙人が修行した龍門寺

久米仙人ゆかりの地として最後に訪れたいのは、若き日の彼が修業を積んだとされる吉野の龍門寺跡。竜門岳の山中にあるこの寺跡は今となっては礎石を残すのみですが、かつてここには飛鳥時代に創建されたと伝わる龍門寺がありました。この辺りは古くから幽玄な雰囲気を漂わせる神仙境として知られ、久米仙人が修業したという「久米仙人窟」も残されています。

近鉄大和上市駅から車で約10分。吉野山口神社近くの登山口から木々に囲まれた道をしばらく進むと左手に久米仙人窟跡の石碑が現れます。小さいので見逃し注意です!

しかし、石碑はあるものの「窟」の字が示すような穴は見当たりません。すでになくなってしまったのでしょうか?あたりを探るため、石碑から移動し龍門滝へと続く階段を下ります。

山中に現れる滝に思わず心が躍ります。久米仙人もここで滝行をしたのかもしれません。滝に目を奪われて本来の目的を忘れそうになったものの、石碑の下あたりを探してみると…

山の斜面にぽっかりと開いた穴が見つかりました!

下からはよく見えないので、斜面をよじ登って中を覗き込んでみたところ、石で作られた奥行は2mほどの横穴のようです。その広さは、小柄な人ひとりがやっとはいれるほど。寝返りはもちろん、ちょっとした動作もできないような狭さです。しかも暗い。やはり仙人になるというのは、並大抵のことではないのでしょう。

以上、久米仙人の足跡が残された3つの場所をご紹介しました。
彼が実在した人物なのか、はたまた大和の歴史と風土が作り上げた幻なのか…。答えは霧の中に包まれ、今となっては知る由もありません。しかし、彼の仙術にかかってその世界で遊ぶのもまた一興というもの。その折はどうぞ女性の白いふくらはぎに、ご用心くださいね。
 

久米寺(くめでら)

住所:奈良県橿原市久米町502 
TEL:0744-27-2470
アクセス:近鉄橿原神宮前駅下車、北西200m、徒歩数分

 

いもあらい地蔵尊

住所:奈良県橿原市石川町6-2
アクセス:近鉄橿原神宮前駅より 北東へ徒歩5分

 

龍門寺跡(りゅうもんじあと)

住所:奈良県吉野郡吉野町大字山口

ウズラたま子

ウズラたま子

奈良生まれの奈良育ち。丁寧な暮らしを心がけているが、のんびりした性格がたたり、最後には丁寧さを捨て去ってしまうどんくさい日々。図書館、古い町並み、ラジオが好き。歴史とお芝居が大好き。2児の母。

こちらの記事もぜひ!