清らかな大峰山の清水で仕込むメイドイン吉野の名物豆腐
なんというフッカフカの肉厚(まるで座布団みたい!)、こんがりしたキツネ色が、はあ……いかにも美味しそう。食べる前に軽く炙って、醤油をジュッと垂らして。
これは、吉野山の旅館で朝ごはんに大好評の名物“あげさん”(油揚げ)のこと。
昔から「豆腐屋は朝が早い」というのは、出来たてを朝ごはんに届けるためだそうで、豆腐はやっぱり出来たてが断然美味しいです。豆腐屋さんの工房で出来たての“ぬくぬく”を試食させてもらったら買って帰らずにはいられません。豆腐工房での買い物は、美味しくて何より楽しい!
吉野山を観光しながら散策を楽しむ人のために、かつては工房前にやぐらを組んで、出来たて商品を販売していたという『吉野山豆富本舗 林とうふ店』。現在では、吉野山のメインストリートに販売店舗を構えたためこの豆富工房に立ち寄る人は少なくなりましたが、やっぱり作り手から買いたいと、変わらず工房にやって来るなじみのお客さんも多いのだそう。
『林とうふ』の工房は、まるでおとぎ話に出てきそうな可愛らしい森の斜面に佇んでいます。ここは、平安時代末期に吉野に逃げこんだ源義経が、対立した兄の頼朝に追われて吉野を脱出せざるをえなくなった際、一緒に連れ添っていた愛人の静御前がおとりになって舞を披露している間に義経を逃がしたという説話が残る『勝手神社』のある場所です。工房のすぐ手前には『勝手桜』と書かれた碑があります。
「すごいきれいな花を咲かせる古い木やったんですけどね、残念ながら朽ちてしもたんです。それでも今も、ちょっとしたお花見休憩のスペースとして、くつろいでいかれる方も多いです。出来たて食べてのんびり過ごしてもらうのは、最高ですわ」
そう話すのは、毎朝5時から工房に立つ豆腐職人の林啓司さん。こじんまりした工房の中をテキパキと動き回って、製造に集中するムダのない動線にしばし見入ってしまいます。
林さんに、率直な疑問をさっそく聞いてみる。「吉野のお豆腐って、どんな違いがあるんでしょうか?」。豆腐の原材料は、「大豆」と「水」と「にがり」のみ。シンプルだからこそ何がどう違うのか? 吉野でしかできない豆腐作りが、果たしてあるのだろうかと。
「うちの豆腐は、豆の味が濃いって言うてもらいますけど……これもやっぱり、吉野の水がええからです。豆の持ち味を活かしてくれる。使うのは大峰山系の軟水、豆腐作りには軟水が適してるんですわ」
硬水だと、水に含まれるカルシウムと大豆のたんぱく質が結合して硬くなるので、口当たりの良い豆腐にはならないのだとか。大峰山の天然水は硬度が30前後と低く、クセのない弱アルカリ性の軟水で、これが豆の風味をぐいぐい引き出すというのです。
豆腐作りで「水」はどれほどに重要なのか。
最初のプロセスは「仕込み」で大豆を浸水させることから。この工程では、お米を炊く時と同じで、最初に触れた水の良し悪しによって出来上がりの味が決まってきます。豆腐を水に浸す時間は、水温が3~4度まで下がる冬なら一日半、夏は6~7時間。浸けすぎると腐敗が始まるので、その日の気温や水温、そして大豆の種類によっても微妙に調整する必要があるのです。
その次は、豆をすりつぶしながら水を加える工程。吉野の軟水は豆になめらかさを与えてくれるそうで、ペースト状につぶされた状態の“生呉(なまご)”はクリーミーな白和えのようで、この時点で十分美味しそうです。これを均一に混ぜ合わせて、90℃前後で10分ほど炊くと「豆乳」と「おから」に分かれて出て来ます。
豆腐は豆乳の濃度によって、ざる、木綿、絹などのバリエーションが生まれます。林さん曰く「大豆は生き物」だそうで、例えば若い大豆は仕上がる豆乳も力強いためにがりを多めに使うのだそう。
「豆乳が冷めないうちに凝固剤としてにがりを打つんですけど、にがりは種類も量もその時々で違う。これやと最適なにがりを入れたら攪拌も一回、一発で決めなあきません。これが難しい。腕の見せどころ。タイミングや力加減は、これだけは経験が必要なんですわ」
使う大豆は地元・奈良の契約農家のものだったり、時期によっては九州産だったり。毎朝その日の大豆と向き合って、出来上がった豆乳にベストなにがりを掛け合わせます。そして、どんな気温、水温の日でも、どんな大豆を使おうとも、林さんの手にかかれば口当たりがほわっとなめらかで豆の甘みが感じられる『林とうふ』の豆腐になるということ。
ざるも湯葉もできたての美味しさ
豆富茶屋は行列必至のランチ・スポット
「“あげさん”はうちの看板ですし、美味いですよ。うちでは豆腐をネタに色んな商品を作ってるんですけど、その中でも一番自信を持って食べてもらいたいって言えるのは、定番の豆腐です」
啓司さんが豆腐作りをしている工房から歩いて5分の場所には、奥さんの昌与さんが切り盛りする『豆富茶屋 林』があり、林とうふ店のすべての商品が勢揃い。豆腐ドーナツ、豆乳スープ、豆腐のチヂミや豆腐カツ……こんなものまで豆腐でと驚くようなアイデア商品もいっぱいで、どれをお土産に買って帰ろうかと目移りしてしまいますが、まずは併設のイートインスペースで「豆腐三昧のランチセット」をいただきましょう。
作り手が「ぜひ食べて欲しい」と胸を張る定番のざる豆腐がメインに丸ごと一丁載った『豆腐づくし膳』(1300円)は、サイドにごま豆腐、がんもどき、湯葉の和え物、お味噌汁にもたっぷりの油揚げが入って、その名のとおり林とうふの定番豆腐尽くしです。この日のメインは、夏場の限定商品『枝豆ざる』と『ざる豆腐』のハーフ&ハーフ。まずは、ざる豆腐の冷奴から。醤油を付けずにひと口食べてみると……甘い。さっぱりしているのに豆の甘みがこんなにも感じられるのは、出来上がりを水にさらしてないからだそう。そして、うぐいす色がきれいな枝豆ざる……これがまた、美味しい!枝豆クランチの硬めの食感がいいアクセントで、季節限定なのが惜しいくらいです。お土産にも持ち帰りたいなぁ!
工房から出来たばかりの豆腐が運ばれてくる『豆富茶屋』は、豆腐ハンバーグや豆腐あげ丼などのランチメニュー、豆腐のシフォンケーキや豆乳ソフトクリームといったカフェメニューも大人気。お昼過ぎには満席になり、観光シーズンは常に行列ができている大変な繁盛店です。
吉野の奇麗な水が育んだ自慢の豆腐、お店で出来立てを味わうも良し、お土産を買いに立ち寄るも良し、甘いものを買って食べ歩くのもまた楽しい。作り手の林啓司さんと昌与さんご夫妻が、「本当に食べてみて欲しい」とその時々で一番のおすすめをセットにした『店長おすすめセット』はお取り寄せも可能です。
さあ、この後は『吉野山豆富本舗 林とうふ店』がいかにして吉野の人気店になったのか、そのストーリーをさらにお聞きします。「とにかく人に助けられた」という林啓司さん。豆腐作りが軌道に乗るまでは、紆余曲折あったようですよ。
⇒ 【後編につづく】
アイデアに溢れた吉野山の味覚~林とうふ店~(後編)
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